第42話 作戦タイム
「……で、どうしてオレたち隠れてるんだ?」
セシルは相変わらず物陰に隠れている他の怪異たちに尋ねた。
確かに呪いの館に教会の人間がやってくるのは珍しいには珍しい。
だが、だからといってここまで慎重になる意味が分からない。
「それが何とも言えなくてな」
アルベルトの肩に乗っかっていた小人形態のリンゲンが奥歯に物が挟まったような言い方をする。
セシルは首を傾げた。
「どういうことだ? ひょっとして教会の神父に祈られたらオレたち浄化されたりするのか?」
貧民街で過ごしていた頃、セシルはとある家に神父が悪魔祓いにやって来たのを見かけたことがあった。
興味に駆られてこっそり覗き見したのだが、その神父は悪霊が出るという部屋の中で「悪魔よ立ち去れ!」とかそういった感じの事を叫びながら一心不乱に悪魔祓いの道具を振り回していただけ。その時のセシルには悪魔の姿など見えなかったし本当に効果があるのかと疑問にも思ったのだが、ひょっとするとセシルに見えなかっただけで悪魔を祓う効果がしっかりあったりするのだろうか。
ところがアルベルトが首を振りながら答えた。
「いえ、悪魔祓いの儀式とやらは我々には何の効果もありません。教会の神父といってもただの人間ですからね」
「そうなのか」
それなら尚更どうして警戒する必要があるのか。
意味が分からない。
すると、今度はウェンドリンが言った。
「実はね、この館は教会の人間は出禁なのよ」
「なんだそりゃ」
「細かい部分は省略するけれど、昔、悪魔祓いをしようとこの館にやって来た教会の人間の中に頭のおかしいのが一人いてね。自分の力で私たちを祓うことが出来なかったからって周りの森に火を放って森ごと館を焼き払おうとした奴がいたのよ。それについてはまあ未遂で済んだんだけどマリアンデールが激怒しちゃってね。裏から手を回して教会がこの館に手を出せないように仕向けた上、森に魔術を施して教会の人間がこの館に辿り着けないようにしてしまったのよ」
「うへえ……」
森に火を放つとかとんでもないな、とセシルは思った。
いわゆる狂信者という奴なんだろうか。
とはいえ、セシルも怪異たちが警戒している理由を理解した。
ウェンドリンの話が事実なら、あの二人はマリアンデールの魔術を突破してきたということなのだ。
見たところどちらも普通の人間にしか見えないが確かに様子見したくもなるはずだ。
「とはいえ、このままじっとしていても埒が明かんな。試しにちょっかいを出してみるか」
リンゲンはそう言うとアルベルトの肩から飛び降りた。
ウェンドリンが心配そうな目を向ける。
「大丈夫なの?」
「なあに、ちょっと挨拶をするだけさ。見たところそこまで好戦的な連中でもなさそうだしな。――おいガキ共、お前らも手を貸してくれ」
「え? 僕らも?」
「……何すればいいの」
「お手伝い?」
すっかり飽きて後ろで遊び始めていたポルターガイストの三兄弟が一斉にリンゲンを見た。
※ ※ ※
一方、サミーとオルレアの二人は相変わらず玄関の近くにいた。
そこから奥へ進もうとせず、しきりに周囲を見回している。
「司祭様、ここは本当に呪いの館なのでしょうか」
「そのはずだが……」
サミーは曖昧に頷いた。
オルレアが何故わざわざそんなことを聞いてきたのかはサミーにも理解できた。
館の中が不自然なほど綺麗過ぎるのだ。
今こうして足で踏んでいる絨毯も随分ふかふかしていて、明らかに最近手入れをされたばかりなのがわかる。
聞いた話ではこの館は長い間無人のまま放置されていたはずなのだが……。
「誰かが住んでいる……ということなのでしょうか」
オルレアが言った。
「そのようだな」
「ひょっとして悪魔でしょうか」
何を馬鹿な、とサミーは思った。
悪魔だとか霊だとか、そんな非常識なものがこの世にいるはずがないだろう。
だが、立場上そんなことを言う訳にもいかない。
「まだそれは分からないが、悪魔が絨毯の手入れをするなどという話は聞いたことがないからな。多分ここに住み着いているのは人間なのではないかな」
「人間……」
オルレアがポツリと呟く。
サミーはそれを見て、ここへ来る途中の馬車でオルレアに話してもらった事情を思い出した。
「そういえば君はここへ弟を探しに来たのだったか」
「はい。本当にここへ向かったのかは分からないのですが……」
「ふむ……」
オルレアがサミーと一緒にこの館へ来た理由は行方不明の弟を探すためとのことだった。
実際に血の繋がった弟ではなかったそうだが、半年ほど前、オルレアが呪いの館の噂を話した数日後にふらっとどこかへ行ったまま帰って来なくなってしまったらしい。
人一倍好奇心が強く無鉄砲なところのある少年だったそうで、ひょっとしたら呪いの館へ行ったのでは……とオルレアは心配していたのだが、オルレア一人では確かめに行く術がない。
そこで思い切ってリディアに相談したところ今回サミーに同行することになったのだ。
この館に潜んでいるのがその弟であれば楽なのだが、とサミーは考えた。
そうなればオルレアの問題は解決するし、サミーとしても呪いの館に悪魔がいないことの証明材料に使えるからだ。
ただ、オルレアには悪いがその可能性は低いだろう。
暗くてはっきりとは確認できないが、館の中は床の絨毯以外も随分綺麗な状態に維持してあるようだった。
十代そこらの少年一人でこの広さの館が管理できるとは思えない。
恐らくここにいるのはそれなりの人数の集団だろう。
しかも呪いの館などと噂されている場所に勝手に住み着いているのだから碌でもない連中である可能性が高い。
「夜分に失礼致します。どなたかいらっしゃいませんか?」
サミーは声を張り上げた。
しかし自分の声が反響するばかりでしばらく待っても反応はない。
「……仕方ない。とりあえず館の中を回ってみようか」
「奥へ進むのですか?」
「ああ、現在ここに住んでいる者がどんな人物なのか確かめなければならないからね。大丈夫だ、私に任せておきなさい。ただし念のため、決して私から離れないように」
「わかりました」
オルレアが緊張した面持ちで頷く。
サミーも安心させるように頷いた後、先に立って歩き始めた。
だが歩き始めて間もなく、向かおうとしていた廊下の奥で何かが輝いた。
何だろう、と様子を窺っていると、それはどうやら一枚の皿のようだった。
青白く光る皿がサミーたち目掛けて凄い勢いで飛んで来ているのだ。
「危ないっ!」
サミーはオルレアの肩を掴んで床に伏せた。
皿はサミーたちの頭上をかすめて反対側の廊下へと飛び去って行き、やがて壁にでもぶつかったのかガシャンッと割れる音が聞こえた。
「……な、何だったんだ、今のは」
サミーは恐る恐る起き上がった。
するとその時、聞き覚えのない声が辺りに響いた。
「これはこれは神父さん方。一体ここへ何しに来なさったのかな」
「………」
サミーはただ茫然とそれを見上げた。
さっきまでこんなものいなかったのに、一体どこから現れたのだろう。
というかこれは現実なのか。
サミーたちが見上げた先には、髭を蓄えた筋骨隆々の巨人が立っていた。




