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第41話 悪魔祓いの理由

「呪いの館の悪霊を祓えとは……一体どういうことですか」


 サミーは予想外の命令に戸惑いながら言った。

 非公式ではあるものの、教会本部の方針ではあの呪いの館は手出し無用となっていたはずだった。


 サミーも詳しくは知らないが、大昔、周辺地域の住民から依頼を受けた神父が呪いの館へ悪魔祓いに出掛けて見事に失敗して逃げ帰る、ということがあったらしい。

 それも一度や二度ではなく、何度も。


 周辺の住民たちは初めのうちは呪いの館に余程強力な悪魔がいるのだろうと恐れていたが、何度も逃げ帰ってくる神父たちを見ているうちに「イリス神教って実は大したことないんじゃないか?」と段々考えるようになっていった。

 そして段々信徒たちに敬意を示さなくなったり、寄付金の額が減少したりした。


 その報告を受けた本部は、信仰の地盤がそれ以上揺らぐのを恐れ、「呪いの館についての依頼は今後さりげなく断るように」という遠回しな通達が各支部に伝達した。

 以来、件の館に教会関係者が関わることは現在でもタブーとなっているのである。


 その事はリディアも当然知っているのだろう。

 わかっていますとも、と言うように何度か頷いてから事情を話し始めた。


「実は最近、都市部の商人の方々から国へある要望が上がっているようなのです」

「と、言いますと?」

「それが、例の呪いの館のある森を開拓して交易路を作って欲しいというものだそうで」

「交易路……」


 サミーは頭の中に地図を思い浮かべた。

 現在の北東方面の交易路は呪いの館がある森を大きく迂回するようにして作られている。

 確かにあそこを真っ直ぐ突っ切ることが出来るようになれば、相当な距離と時間の短縮になるし費用面での恩恵も大きそうだ。


「新たな交易路が開拓できれば国自体の発展も期待できますから国王陛下はその要望に乗り気なようなのですが、大臣の方々からは呪いの影響を懸念する意見が多く、なかなか話が前に進んでいないようなのです」

「なるほど」


 サミーにもようやく話が読めてきた。


 大臣たちは別に本気で呪いを信じているのではないのだろう。

 彼らが恐れているのは呪い自体ではなく、呪いを恐れている民衆なのだ。


 長い間畏怖の対象となっている呪いの館である。

 そこを打ち壊すと発表すれば少なくない不安の声が上がるのは目に見えている。

 それを強行し、もしも事故でも起こればどうなるか。それ見た事かと民衆から大反発が起こり、下手をすれば開拓計画が白紙に戻る事態にもなりかねない。


 冗談みたいな話だが、過去の歴史でも何度も似たような事例は起きている。

 別に珍しいことではない。

 時に迷信は事実よりも優先されるのである。


 そして開拓が頓挫した場合、責任を取らされるのは大臣たちだ。

 今は国も安定している。彼らにしてみればわざわざそんな余計なリスクは取りたくない。


 ではどうするか。

 それを解決するための方法が、現在サミーが打診されている『教会関係者に悪魔祓いをさせること』なのだ。


「呪いの館の悪霊たちは全て打ち滅ぼした。だからもう何も心配はない」


 教会がそう正式に発表すれば民衆の不安はある程度取り除かれるだろう。

 そうすれば開拓もスムーズに行えるようになる。例え何か起きても呪いだの祟りだのと騒ぐ者は出なくなり、大臣たちが責任を追及される心配もない。


 そして教会は教会で、国に対し貸しを一つ作ることが出来る。

 その利益のためにサミーに――都合の良い人間に茶番を演じさせよう、というのである。

 大昔に決められた事とはいえあっさり覆せるタブーとは何だったのか。

 何から何まで本当に下らない、とサミーは思った。



 そして、サミーは先程のリディアのとりとめのない話の意味も理解した。

 国と教会との駆け引きは別にして、今回の件はサミーと第三支部にも恩恵があると言いたいのだ。


 新たな交易路が実現すればその経路となる周辺地域も今以上に活性化することだろう。

 貧困で路頭に迷う者も減り、浮浪児など不幸な身の上の者も減らすことが出来るかもしれない。

 呪いの館が無くなれば、それ目当ての冒険者などがこの地域へやって来ることも無くなりトラブルも減るかもしれない。

 あと、この支部への寄付金が増えることも期待できる。


 そして何より……。

 サミーはチラリとリディアを見た。


「司教様の体調がよろしくないというのは本当なのですか?」

「ええ。元々あまり体の丈夫な方ではありませんでしたし、もうお年を召されておいでですからね。体力的に執務を続けるのが大変なようで、色々と相談も受けています」


 司教というのは支部内の全権を握るトップである。

 今の司教が役職を退いた場合、次の司教になるのはその下の階級の誰か――サミーを含む五人の司祭から選ばれる。


 そしてリディアは暗にこう言っているのだ。

 今回の依頼を達成して功績を上げれば司教に推薦してやってもいい、と。


 リディアの推薦があれば司教の座は手にしたも同然だった。

 何しろ、この支部の実質的な最高権力者は司教ではなく司教補佐であるこのリディアなのだから。


「しかし悪霊を祓えと言われましても、具体的にどのようにすれば?」


 サミーは確認のため尋ねた。

 悪魔祓いはこれまでも仕事として何度も行っているが、サミー自身は本物の悪魔など一度も見たことが無い。

 それに今回に関しては「祓いました」と口で言うだけでは不十分だろう。

 民衆を納得させるためには何か証拠となる物というか、説得力が必要になる。

 しかしリディアはそれまで同様に笑顔を崩さず言った。


「やり方に関してはサミーさんにお任せします。大丈夫、あなたならきっとやり遂げて下さると信じていますから」

「………」


 丸投げかよ、クソが。

 サミーは言葉に出したくなるのをどうにか抑えた。


 そもそも本部から内密に話が持ち込まれたという時点で当事者に一任する方針なのだろう。

 何か問題が起きた場合は「一個人が勝手にやったこと」と切り捨てるつもりなのだ。

 そうすれば万が一サミーが失敗しても教会への信頼がそこまで落ちることは無い。

 そういう組織なのである。


 とはいえ、ここまで聞いてしまった以上は今更断ることも出来ない。

 それに司教の座という人参をぶら下げられているのだ。

 サミーとしても断るつもりはない。


「わかりました。そのお話、お引き受けしましょう」

「まあ、本当ですか。ありがたいですわ。実を言うと他の方々にもそれとなくお話をしようとしたのですが、やはり皆さん呪いの館が相手となると臆してしまうようで。サミーさんにまで断られてしまったらどうしようかと思っていましたの」


 リディアは胸を撫で下ろして言った。

 サミーは立ち上がり、クローゼットからコートを取り出した。


「とりあえずそうと決まれば問題の館へ出掛けてきます。まずは実際に確認してみないことには対策も取りようがありませんからな。申し訳ありませんが留守中の執務の調整をお願いできますか?」

「わかりました、お任せください」


 リディアは頷いた。

 しかしそれからすぐ、何か思い出したという様子でポンと両手を合わせた。


「そうそう、呪いの館へ行かれるのでしたらもう一つお願いがあるのですが」

「何でしょう」

「いえ、そんな身構えなくも大丈夫ですよ、難しいお話ではありませんから。――入ってらっしゃい」


 リディアが二回手を叩く。

 すると、恐る恐るといった感じで扉が開いて一人の少女が姿を見せた。


「失礼致します」

「君は……」


 入って来たのはオルレア。つい最近ここで働き始めたばかりの見習いの少女だった。

 どうやらずっと執務室の外で待っていたらしい。

 しかしどういった用件なのかまるで見当が付かず、サミーは怪訝な顔でリディアとオルレアとを見比べた。


「彼女の事はご存じですね?」

「ええ、それはまあ……」

「彼女を一緒に連れて行ってあげて欲しいのです」

「……は?」

「実は、先程相談を受けましてね。彼女にはあの館に行かなければならない事情があるそうなのです。それならば丁度いいですしご一緒にどうかと思いましてね。機転の利く子のようですからきっとサミーさんの役にも立つでしょう」

「しかし……呪いの館ですよ? 危険ではありませんか?」


 サミーは躊躇いがちに言った。

 しかしリディアはニコリと微笑む。


「あら、呪いなど迷信だと仰ったのはサミーさんじゃありませんか。大丈夫、きっと何も起こりませんよ」

「………」

「司祭様、絶対にご迷惑はお掛けしません。ですからどうかお願い致します」


 オルレアが何故か思い詰めた表情で深々と頭を下げる。

 もはや断れる空気では無かった。



 ※ ※ ※



 サミーとオルレアはその日の内に支部を立った。

 二週間ほど馬車を乗り継いで呪いの館に最も近い村へ辿り着き、宿屋で一泊。

 翌日の早朝に村を出発し、たまに休憩を取りながら森の中を歩き続けた。


 そしてすっかり日も落ちた現在。

 二人はこうして呪いの館のエントランスに立っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あらま。外から見れば、まっとうな理由。 とはいえ館を撤去されるのはマズいわけで、どう折り合いつくかなぁ。 曰くありげな少女の話もあわせ、続き楽しみにしてます。
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