第38話 確保
「な、何故お前たちがここにいる。地獄の穴はどうした!?」
『ベレン』がアルベルトとウェンドリンを見て叫んだ。
その間も拘束から抜け出そうと必死に藻掻いていたが、セシルに疲弊させられた上に両腕を失ったせいでもはや抵抗する力は無いらしい。
アルベルトとウェンドリンは『ベレン』の問いには答えなかった。
正確には、二人が口を開く前に別の声が聞こえてきた。
『生憎だけどあの穴にはもう新しい封印を施したわ。溢れ出した連中も全て消滅させた。残っているのはあなただけよ』
館全体に響いているというか、頭の中に直接届いているような不思議な声だった。
セシルがこの館を初めて訪れたときに聞いた声。
そしてその声を聞いた『ベレン』がさらに顔を硬直させた。
「そんな、まさか……」
ズシン、ズシン……と地響きが聞こえてきた。
何か巨大なものが階段を上ってこちらへ近付いてくる。
その場の全員が見守る中、やがてそれは廊下の向こうから現れた。
「おおセシル、生きとったか」
「リンゲンさん!」
やって来たのは巨大化したリンゲンだった。
ポールの姿も見える。
そして……。
「お久し振り」
マリアンデールがリンゲンに抱きかかえられながら、にこやかに『ベレン』に手を振った。
『ベレン』は目を剥き、絞り出すように言った。
「馬鹿な、どうして生きている」
「どうしてと言われてもね。詰めが甘過ぎでしょう。あなた、とどめも刺さずに地下から出て行くんだもの」
「しかし、ああすれば魔女は確実に死ぬと聞いていたのに……」
「その言い方だとやっぱりあなたに入れ知恵をした奴がいるのね」
マリアンデールはじろりと『ベレン』を見た。
『ベレン』はハッとした様子で慌てて口を閉じる。
「どうしてあなたが封印の仕様を知っていたのかも疑問だったけど、その辺のことに詳しい黒幕がいたのなら納得だわ。……それで、その黒幕さんは一体何者なのかしら」
「………」
『ベレン』は答えなかった。
マリアンデールのほうも最初から期待はしていなかったらしい。
ただ小さく溜め息を付いた。
「まあいいわ。どちらにしてもあなたはここで終わりよ」
マリアンデールは杖をくるりと回した。
すると『ベレン』の身体が一瞬で凍り付いた。
やがて全身にヒビが入り、粉々に砕け散る。
抵抗どころか断末魔の一つすら無い。
長かった因縁の、なんとも呆気ない決着だった。
「良かったのか? 聞き出しもせず仕留めてしまって」
「問題無いわ。あれは厳密には生命体ではないからね。活動しなくなったとしても欠片の一つでも残っていれば情報は引き出せるもの。それに……あなたたちからすれば、一秒たりとも存在させておきたくなかった相手でしょう?」
「………」
リンゲンの言葉に対してマリアンデールはそう答えた。
その後、セシルはロレッタの部屋の扉を開け、タガーとイストに全て終わったことを伝えた。
部屋の外からの音でしか様子を窺えていなかった二人は相当不安だったのか、セシルの無事な姿を見ると大泣きしながら抱き付いた。
あまりの勢いにセシルはそのまま押し倒されてしばらく動けなかった。
謎肉も何かあったのかと怪訝な様子でそれに続いたが、廊下に出た途端ボコッと大きな肉の塊に変わってしまった。
最悪の事態は防げたものの、やはり館内には相当な瘴気が充満しているらしい。
「これはこれは……またしばらくは毎晩食事会を開かなくてはいけなくなりそうですね」
「みたいですね。ただでさえ在庫たくさん残ってるのに……」
アルベルトとウェンドリンが憂鬱そうに謎肉を見上げる。
謎肉は不思議そうな顔で二人を見返しながら、モ゛ー、と鳴いた。
そんな感じでしばらく各自わいわいと雑談をしていた。
「そういえばあいつマリアンデールを仕留めたとか言ってたが一体何があったんだ?」
「ああ、それね……」
セシルが尋ねると、マリアンデールは少々きまりが悪そうに地下での出来事を話した。
封印を解除しようと詠唱に集中していたところで不意に地獄側から封印を壊されたこと。
それに驚いて無防備になった隙を突かれ、口に泥を入れられてしまったこと。
セシルは目を丸くした。
「口に泥を突っ込まれたって……大丈夫だったのか?」
「結構危なかったわよ。あいつが言った通り、体の中に入られてたら終わりだったからね」
「どうやって助かったんだ?」
「咄嗟にね、自分の口に魔術を掛けたの。あなたのちり取りに掛けたのと同じ収納の魔術。それでどうにか体内に侵入されるのは防いだのよ。……とは言え、結局取り除くのに時間が掛かったせいで皆には迷惑を掛けちゃったし、色々反省しないといけないわね」
それからマリアンデールはセシルの頭を撫でた。
「あなたも危険な目に遭わせちゃって悪かったわね。ごめんなさい」
「いや、別に……」
セシルは何だか恥ずかしくなって顔を逸らした。
そこへリンゲンがやって来た。
手にはセシルのちり取りを持っている。
「おい、回収終わったぞ。これでいいのか」
「あら早いわね。ありがとう」
リンゲンはマリアンデールに頼まれて『ベレン』の残骸の回収をしていた。
他の怪異たちがこの場にとどまって雑談をしていたのはそれを見守るという意味もあったのだ。
それなら話などしてないで手伝えという気もするが、掃除に関しては下手に手を出すよりリンゲン一人でやったほうが格段に早いから仕方ない。
「しかし本当にこんなものから情報を引き出すことなど出来るのか?」
「ええ。大した情報は分からないだろうけど、それで十分だから。魔術に詳しくて、地獄にいたあいつと接触できる奴なんてそもそもかなり限定されるしね」
マリアンデールはちり取りを受け取りながら言った。
その言い方からすると既にある程度は黒幕とやらの正体に目星が付いているようだった。
「さて、それじゃ早速戻ってこいつの解析をするとしますか。という訳で私は退散するわ。何かわかったらあなたたちにも連絡するから――」
マリアンデールがそんな事を言いながら立ち去ろうとした矢先、壁から複数の紐が伸びてマリアンデールに絡み付いた。
言うまでもなくウェンドリンの紐だった。
「へ?」
状況が理解できずマリアンデールが目を点にする。
そこへ当のウェンドリンがニコニコしながら近付いた。
マリアンデールは紐を解こうと悪戦苦闘しながら文句を言った。
「ちょっと、何をするの。冗談はやめて」
「そんなに急いで帰らなくていいでしょう。疲れているようだし、二、三日ゆっくりしていったらどうかしら」
「お誘いは嬉しいけど、そんな暇は無いのよ」
そう言ってマリアンデールは左手に力を込めた。
どうやら魔術を発動させて紐から抜け出そうとしたようだった。
だがその手は虚しく空を切った。
いつの間にか、マリアンデールが握っていたはずの杖が無くなっている。
「あ、あれ? 私の杖は?」
「それでしたら私がお預かりしています」
声のほうへ振り返ると、アルベルトが両手で杖を持っている。
その顔はウェンドリン同様にこやかだった。
マリアンデールは狼狽した。
「アルベルト、あなたまでどうしたの」
するとウェンドリンがぬっと顔を突き出す。
「どうしたの、はこちらのセリフなんだけど」
「え?」
「私たち、最初に聞いたわよね? 体調が悪そうだけど大丈夫かって。……どうしてあんな無茶をしたのかしら」
「ああ……それは、その……」
マリアンデールは汗をだらだら流しながら目を逸らした。
セシルにもようやくわかった。
ウェンドリンもアルベルトも、あとついでにリンゲンも、どうやら滅茶苦茶怒っているらしい。
顔はあくまでも笑顔なのが逆に怖い。
まあ話を聞いた感じだと『ベレン』がロレッタの部屋まで迫ることになったのはマリアンデールの無理が祟ったせいのようだから、怒るのも分からなくはないか。
「自分で体調管理ができないのなら私たちが管理するわ。これから二日間、あなたには無理にでも休んでもらう。いいわね?」
「そんな困るわ。まだ山ほど仕事が残ってるの。今回は見逃して」
「だーめ。第一、本来なら手も足も出ないはずの私たちにこうしてあっさり捕まってる時点であり得ないでしょう。あなたどれだけ弱ってるのよ。仕事中毒もいい加減にしなさい。……リンゲンさん、お願い」
「やれやれ」
再び巨大化したリンゲンがのしのしやって来て、よっこらしょ、と簀巻きにされたマリアンデールを抱え上げる。
マリアンデールは芋虫のようにじたばたともがいた。
「ちょっと、私をどうするつもり!?」
「あなたにはこれからじっくりと私たちのおもてなしを受けてもらうわ。とりあえずは温いお風呂とお腹いっぱいのご飯ね。あとはふかふかのベッドで寝てもらおうかしら。必要ならマッサージもしてあげる」
「そ、そんな……お願い止めて、私そんなことされたら落ちちゃう! 爆睡しちゃう! い、いやああぁぁぁ!」
マリアンデールが悲痛な叫びを上げながら運ばれていく。
「……なんだこれ」
セシルはそれを見送りながら呟いた。
幽霊の三兄弟も同じ表情をしていた。
「モ゛ー」
振り返ると謎肉がさらに巨大になっている。
このままだと廊下が詰まりそうだ。
「とりあえずマリアンデールはあっちの三人に任せるとして……オレたちは肉を削ぎ落そうか」
「そうだね」
「……頑張る」
「お肉、お肉!」
「モ゛ー」
そんなこんなで、偽ベレンと地獄の封印の一件は終わりを告げたのだった。




