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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第5章 決戦、ニセ領主

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第36話 瞳の問題

「魔女様を始末したって……じゃあ、他のみんなもやられちゃったの?」


 ポールが狼狽える。

 すると、どういう訳か『ベレン』は慌てて弁解するように言った。


「いや、私が手を下したのはあの魔女だけだ。他にいた怪異の三人には少なくとも私は何もしていない。私以外の化け物共がここへやって来ないのを見ると、あの三人は恐らくまだ無事だろう」

「どういう事だ?」


 セシルは尋ねた。

 しかし何故か『ベレン』はすぐには答えずセシルをじっと見つめた。

 それから何かに気付いた様子で頷くと、わずかに笑みを浮かべながら言った。


「そうか、やっと思い出せた。どこかで見覚えがあると思ったが、君はロレッタが可愛がっていた人形か。君もずっと娘の事を守ってくれていたんだね。ありがとう」

「いきなり何を……」

「君たちが戸惑うのも無理はない。だが、少しの間で構わないから私の話を聞いてもらえないだろうか」


 『ベレン』はセシルとポールを交互に見やりながら言った。

 どうも様子がおかしい、とセシルは思った。

 少なくともこれまでに見た『この世ならざる者』とは違うようだ。


「セシル、どうする……?」


 ポールがセシルの背中にしがみ付きながら不安げに言った。

 セシルも迷っていた。

 しかし、少なくとも外見上は『ベレン』はこちらに敵意は無いように見える。


「……話というのは?」


 セシルがそう言うと『ベレン』はホッと肩をなで下ろした。

 それから少し間を置いて口を開いた。


「信じてもらえないかもしれないが、私は君たちの敵じゃない。身体はこうして化け物に変わってしまったが、私は人間だ。本物のベレンなんだ」

「嘘だ、そんな訳ない! お前が本物の主様だなんて、絶対に違う!!」


 セシルの背後に隠れていたポールが突然叫んだ。

 ポールにとっては恐怖より怒りが勝つほどの発言だったのだろう。


「ポール、大丈夫だ。ちょっと落ち着いて」


 セシルはなだめるように言った。

 しかし同時に冷ややかな視線を『ベレン』に向ける。


「さっき『魔女を始末した』と言っていた気がするんだが、それで敵じゃないなんて言うのか?」

「それについては申し開きのしようもない。しかしそうするより他に方法が無かったんだ。でなければ私はこうして外に……ロレッタの元へ辿り着くことは出来なかったのだから」


 それから『ベレン』はポールに目を向ける。


「君は下にいた怪異の仲間だね」

「………」

「君たちが私を信用できないのも無理はない。何しろ、私は以前こちら側の世界へ戻って来たとき、君たちの仲間の一人を手に掛けてしまったからね。そうだろう?」

「そ、そうだ。お前は……お前が、ロロネ姉ちゃんを……」

「その通りだ。かつて私は君たちの仲間の一人を殺してしまった。しかしあれは私にとっても本意ではなかったんだ。もちろんいくら謝ったところで許して貰えるとは思っていないが」


 『ベレン』は深々と頭を下げた。

 ポールはその態度にやや困惑しているようだった。


「……どういうことなの」

「私が地獄に引きずり込まれたことは知っているかな」

「う、うん」

「私は地獄であの泥のような連中に喰われてしまった。だが私は生きていた。いや、生きていたというより、生まれ変わったんだ。この化け物の身体にね」


 『ベレン』は泥が露出した自分の右肩に手を当てた。


「自分でもどうしてこんな事が起きたのかはわからない。しかし事実として私は死ななかった。そして私はただ、あの地獄から出て娘に会いたいということだけを願い続けてきたんだ」

「そのために封印の扉を破壊しようとしたっていうのか?」


 セシルが尋ねた。

 『ベレン』は頷いた。


「そう。さっきも言った通り、過去に一度だけこちら側へ出て来られたことがあったが、その際に私は君たちの仲間に危害を加えてしまった。自分でもどうしてあんなことになったのかはわからないが、恐らくこの化け物の身体になった影響だったのだろう。地獄から外へ出られたと思った途端、自分の感情と力が制御できなくなり我を忘れて君たちに襲い掛かってしまったんだ。そして、正気を取り戻した時には何もかも手遅れになっていた。私は弁解する間もなくあの魔女に地獄へと送り返されてしまった。……地獄へ戻ってから私はひたすら後悔したよ。もう君たちは私が何を言っても信じてはくれないだろう。だからもう、外へ出るためには封印を壊すより他に無かったんだ」

「だから、魔女を殺すのも仕方がなかったと?」


 セシルが射すくめるような視線を投げる。

 『ベレン』は顔を強張らせたが、目を逸らさず頷いた。


「それについては本当に申し訳ないと思っている。しかし繰り返すが、ああするしかなかったんだ。でなければこうして君たちと言葉を交わす機会さえ得られなかったのだから。……とはいえ、やはり悪手だったことも事実だ。魔女に手を出してしまったせいで地下にいた怪異たちは完全に私を敵だと認識してしまってね。説明しようとしたがまるで話を聞いてもらえず、こうして酷い怪我を負わされてしまったよ」


 『ベレン』は両手を広げて全身の怪我を見せるようにしながら力なく笑った。

 どうやらこの負傷はやはりアルベルトたちによるものらしい。

 セシルは尋ねた。


「そういえば、地下は今どうなっているんだ?」

「地下の封印は破壊してしまったからな。今頃は地獄の穴から瘴気と泥が無尽蔵に溢れ出しているはずだ。しかし未だに私以外の化け物がやって来ないのを見ると、あの三人の怪異が全て押し留めているんだろう。いや、以前とは比べ物にならない強さだ。どさくさに紛れて抜け出して来れなければ、私もあのまま消滅させられていたに違いない」


 『ベレン』の話を信じるなら、地下では次のような事が起きていたようだ。

 まず、どうやったのかは知らないがマリアンデールが倒された。

 その後封印が破壊されて『ベレン』が出現、三人と交戦になる。

 三人は『ベレン』を追い詰めたが、地獄の穴から溢れ出してきた他の『この世ならざる者』たちの対処にも追われたために『ベレン』をあと一歩というところで取り逃がしてしまった。

 そして現在『ベレン』はこうしてセシルの前に立っている。


 他の『この世ならざる者』が現れないということは、未だに三人が地下で戦い続けているということだろうか。

 つまりあの三人はまだ無事なのだ。

 ただし、あの三人だって魔力には限界がある。

 無数に湧き続ける敵を相手にいつまで持つかはわからない。


「セシル、どうしよう」


 ポールが不安げに言った。

 セシルはすぐに答えられなかった。

 想像した状況はあくまでも『ベレン』の話が正しいことが前提になる。

 実際にはどうなっているかわからないのだ。


 それに、マリアンデールが倒れたというのが事実なら、地獄の穴を閉じる術がない。

 ポール一人が応援に向かったところで焼け石に水だろう。


 するとそんなセシルとポールの様子を窺っていた『ベレン』が言った。


「どうやら君たちはあの仲間たちを助けに行きたいようだね。それならばこういうのはどうだろう。私にも地下の化け物退治を協力させてくれないか」

「……なんだって?」


 予想外の提案にセシルは思わず聞き返した。

 『ベレン』はその反応に気を良くしたようだった。


「どうやら君たちはまだ私の事を信じ切れていないようだ。だから行動で示させて欲しい。私が地下の化け物どもを始末する。それに、あの地獄の穴もどうにかしようじゃないか」

「そんなことができるの!?」


 ポールが目を丸くした。

 『ベレン』は自信に満ちた顔で頷いた。


「ああ。この身体になった影響なのだろうが、私はあの泥の動きを多少だが操ることができるんだ。封印が無くても穴から化け物どもが現れないようにすることも可能なはずだ」

「本当に?」

「もちろん簡単では無いと思うがね。だが、娘のためならやってみせるさ。私の目的は娘に一目会いたいだけで、私と同じ目に遭わせることじゃないんだ。私としても娘を狙うあの化け物どもを放っておく訳にはいかない」

「………」


 表情から察するに、ポールはかなり心が動いているようだった。

 三人を助けられるかもしれないというのもあるだろうが、それ以上に『ベレン』の言葉を信じたいという意識がはっきりと浮かんでいた。

 目の前にいるのはかつての主と同じ姿で、恐らく声も話し方も同じなのだ。

 そんな奴に希望を抱かせるようなことを言われたら信じたくなるのも無理はない。


 セシルはしばらく黙っていたが、やがて言った。


「わかった。じゃあ手伝ってくれ」

「ありがとう。君も信じてくれたのか」

「信用するかどうかは事が終わってから決める。ポール、道案内を頼む」

「わかった!」


 ポールがセシルの背から離れ、階段のほうへと飛んで行く。

 セシルも後を追うため、『ベレン』に背を向けた。



 次の瞬間、『ベレン』は口端が裂けるほど歯を剥き出し、残忍な笑みを浮かべた。

 そして両腕を身長の数倍もの長さに伸ばし、鞭のようにしならせてセシルたちに振り下ろす。

 周囲が振動するほどの衝撃。床がへこみ、散乱していた食器の破片が宙に舞った。


「ひゃはははは、馬鹿め!!」


 『ベレン』は天井を見上げ狂ったように笑いだした。

 この男はベレンなどではなく、正真正銘の化け物だった。

 セシルたちに話したことも全てデタラメ。

 何から何までセシルたちの油断を誘うための演技だったのだ。


「これで邪魔者の始末は済んだ。あとはこの扉だけか。これさえ壊せばあの旨そうな小娘も私の物だ。ヒヒヒヒ……」


 『ベレン』はニタニタ笑みを浮かべながらロレッタの部屋の扉へ近づいて行く。

 だが、その途中でふと足を止めた。

 おかしい、と思った。

 腕を叩き付けた場所に本来ならあるはずの人形の残骸が見当たらない。


 衝撃でどこかへ飛んで行ったのか?

 『ベレン』は当たりを見回した。

 すると、背後から声がした。


「何か探し物か?」


 『ベレン』がハッとして振り返ると、全身が赤く発光したセシルが立っていた。

 残骸どころか全くの無傷。

 左のわきには怒りの表情を浮かべたポールを抱えていた。


「き、貴様……今のを避けたのか」

「まあね。来るだろうなとは思ってたし」


 セシルは手にした干し肉を噛み千切りながらニコリと笑う。

 不意打ちを仕掛けられたのとほぼ同時に干し肉を咥えて高速化すると、自身への攻撃を回避した上でポールまで助けたのである。

 『ベレン』は信じられないというようにセシルを見た。


「私がこうするのを予測していたというのか? 何故だ。疑われるような言動はしていなかったはずだ」

「どうしても何も、あんたの目を見れば一目瞭然だろ」

「……なんだと?」

「あんたの目、肖像画のベレンさんと違って濁り過ぎなんだよ。奴隷商や変質者なんかがしてたのと同じ、相手を騙して食い物にしてやろうって胸糞悪い目だ。だから最初から信用なんてしてなかったのさ」


 セシルはこれまでにそういう目をした人間を散々見てきた。

 だから経験に基づいてそう言ったまでなのだが、『ベレン』はどうやらそれを侮辱と受け取ったらしい。

 それまでとは想像も付かないような獣じみた咆哮とともに両腕を再び鞭のようにしてセシルを破壊しにかかった。


 だがセシルはその波状攻撃を危なげなく切り抜けた。

 そして十分に距離を取ると、脇に抱えたままだったポールを放しながら言う。


「あいつはオレが何とかする。お前は地下の様子を見てきてくれ」

「セシル一人で大丈夫なの?」

「任せろ。あの程度の奴相手ならいくらでも時間稼いでみせるさ」


 目の前の『ベレン』は聞いていたよりも随分動きが悪かった。

 攻撃を仕掛けるたびに傷から泥が噴き出しているのを見ると、恐らくアルベルトたちに負わされたダメージが想像以上に深刻なのだろう。

 だからこそ、たいして強そうでもないセシルとポール相手にあんな面倒な不意打ちを仕掛けてきたのだ。


「わかった。気を付けてね」

「ああ」


 ポールがその場を離脱し階下へと消えていく。

 それを見届けるとセシルは残りの干し肉を口へ放り込んだ。


「さて、ニセモノ野郎。しばらくオレと付き合ってもらうぞ」

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