第35話 ニセ領主の訪問
「や、やっぱりこの声、主様だ」
「……なんで? どういうこと?」
「怖いよぉ……」
ポルターガイストの三兄弟は部屋の隅に固まって震えている。
セシルはその場に立ち尽くしたまま扉を見つめていた。
三兄弟の反応から考えて、部屋の外にいるのは例のベレンの姿の個体で間違いないのだろう。
ただ、そうすると……マリアンデールたちは一体どうなったのか。
封印の差し替えが無事に完了したのならこいつがここに現れるはずがない。
まさか……。
その時不意にノックが止んだ。
「はて、誰もいないのか。困ったな、それでは無理やり開けなければいけないんだが」
ガチャガチャ、と鍵の掛かったドアノブが回される。
セシルは焦りを覚えた。
こいつは地下の封印を壊せる奴なのだ。
この部屋の封印だって当然突破出来るに違いない。
この部屋に入られることだけは――ロレッタを連れ去られることだけは避けないといけない。
状況ははっきりしないが、迷っている場合ではない。
とにかく、今はここにいる仲間たちだけでこの状況を切り抜けなければならないのだ。
セシルは他の怪異たちの様子を確認した。
ポールはまだ気丈に振る舞っているが、タガーとイストは完全に怯え切ってしまっている。
謎肉は……特に部屋の外を気にしている様子はない。イストが構ってくれなくなったため退屈そうに化粧台の足をはむはむと咥えていた。
セシルは三兄弟の元へ駆け寄ると小声で話し掛けた。
「このままじゃあいつが中に入って来る。オレたちでどうにかするぞ」
すると三兄弟は信じられないという目でセシルを見た。
タガーが泣きそうな顔で言う。
「……そんなこと出来るの? 魔女様たちでも勝てなかったのに」
やはりこの三人も、地下で何かがあったらしい事には思い至っているらしい。
しかしセシルは勇気付けるために笑顔を作って言った。
「それも確かめるんだ。あの四人が簡単にやられるわけないだろ? それに……もしそうだったとしたら、あのお嬢さんを守れるのはもうオレたちしかいないんだ。違うか?」
「………」
三兄弟は椅子に腰かけているロレッタへ顔を向けた。
ロレッタは相変わらず穏やかに眠ったままだった。
だが、三兄弟はその顔を見て表情を変えた。
「――いざとなったらあなたたちがこの子を守るのよ。お願いね」
地下へ向かう前、マリアンデールは三兄弟にそう言いながら頭を撫でた。
どうやらその事を思い出したらしい。
三兄弟は涙が浮かんだ目をゴシゴシこするとセシルに言った。
「どうすればいいの」
「よし、良い顔になったな。それじゃ聞いてくれ。まずは……」
セシルはひそひそと作戦を伝えた。
まあ即席で考えたので作戦と呼べるほど立派なものではなく、また相当に危険を伴うものだったが……それでも今はそれに賭けるしかなかった。
※ ※ ※
「やれやれ、無駄に力は使いたくないんだが……」
ロレッタの部屋の前の『ベレン』は困った顔で呟いた。
部屋の中に何かの気配はあるが開けるつもりはないらしい。
となればこちらから破壊するしかない。
『ベレン』は片手を握り締めるとドアノブに振り下ろそうとした。
だがその間際、扉が突然勢いよく開いた。
同時に無数の食器が『ベレン』目掛けて襲い掛かる。
「!?」
『ベレン』は慌てて飛び退いた。
どうやら食器類はベレンを狙ったものでは無いらしい。
『ベレン』が避けてもそのまま真っ直ぐに飛び、正面の壁に激突して砕け散った。
そしてその後も後も豪雨のように部屋から食器が飛び出し続け、しばらくの間けたたましい音を立て続けた。
それから不意にそれが止んだかと思うと扉が閉まり、ガチャリと再び鍵が掛けられる音がした。
廊下の床に膨大な食器の破片を残し、しんと辺りが静まり返る。
「何だったんだ、一体……」
『ベレン』は閉じられた扉を茫然と見つめた。
しかしそれも束の間、気配を感じてそちらへ目を向けた。
そこには一体の人形が立っていた。
いや、一体ではない。人形の後ろに隠れるようにして半透明の幽霊が一体こちらを睨んでいた。
どうやら先程の皿の雨は、『ベレン』を部屋に入れずにこの二人を外に出すためのものだったらしい。
「今のイタズラは君たちがやったのかな。酷いじゃないか、どうしてこんなことをするんだい」
『ベレン』はニコリと微笑み、優しく語り掛ける。
しかし人形は返事をしなかった。
「こいつが例の個体か?」
人形――セシルは『ベレン』へ目を向けたまま背後の幽霊に尋ねた。
「う、うん。そうだよ」
背後の幽霊――ポールがコクコクと頷く。
セシルはそれを聞くと、改めて目の前の男を見つめた。
そして、なるほど、と思った。
セシルの目の前に立っているその個体は、四〇代くらいの人間の男の姿をしていた。
背格好も着ている衣装も、肖像画に描かれていたベレンの姿と瓜二つ。
何も知らなければ本人と見分けが付かないだろう。
しかしそれは間違いなく人間ではなかった。
目の前の『ベレン』は右肩や左足の一部が大きくえぐれていた。
そしてその欠損部からは『この世ならざる者』と同じ泥の身体が見えている。
恐らくこのベレンの皮の下にはあの泥が詰まっているのだろう。
ベレンを喰って身体を奪った、というのは本当に文字通りのようだ。
『ベレン』は右肩と左足以外にもあちこちに細かい傷があった。
それに髪や衣服も乱れている。
どの傷も真新しい物で、どうやらかなり激しい戦闘を繰り広げてきたばかりらしいことが窺えた。
恐らく地下で何かあったのだろう、とセシルは思った。
その負傷のためなのかそれとも別の理由があるのかわからないが『ベレン』はセシルたちに襲い掛かって来る気配は無かった。
それにどういう事なのか、他の『この世ならざる者』の姿は周囲に一体もいない。
封印が壊されてしまえば館中が『この世ならざる者』と瘴気で一杯になる、とマリアンデールは言っていた。
そうなっていないということは、何かしらトラブルが起きたものの完全に失敗した訳ではないのだろう。
それならまだ挽回出来る。
あの四人もきっと無事なはずだ。
セシルはそう信じて口を開いた。
「封印の扉がある限りあんたはこちら側へ来られないと聞いていたんだが、どうやって出てきたんだ?」
セシルの考えた作戦は単純だった。
作戦というよりただの目標に近い。
地下で何があったのか状況を確かめること。
必要なら四人を助けに向かうこと。
そして、この偽物の領主を可能な限り足止めすること。
具体的な方法についてはその場の流れで臨機応変に。
そのためにセシルとポールの二人が部屋の外へ出てきたのだ。
セシルが『ベレン』の足止め要員、ポールが四人の救助要員として。
ただ状況がはっきりするまでは迂闊に動かないほうがいいので、状況がはっきりするまではポールにはセシルの背中に張り付いて貰っている。
タガーとイスト、謎肉は室内で待機。
もしもセシルとポールが駄目だった時は全力でロレッタを守れと伝えてある。
セシルが『ベレン』に声を掛けた目的は純粋な時間稼ぎ。それから、あわよくば情報を引き出せないかと考えたためだった。
扉の前に立った時から何度もこちらに声を掛けてきていたから、意外と会話が成立するんじゃないかと思ったのだ。
そしてその狙いは見事に当たった。
『ベレン』はセシルの問い掛けにあっさりと答えた。
「地下の封印? ああ、あれなら破壊したよ。再び蓋をされる心配もない。……何しろ、魔女はもう始末したからね」




