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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第4章 地獄の入り口封印計画

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第30話 契約の魔女

 マリアンデールの指示は以下のようなものだった。

 自分が戻るまで、地下の広間には常に二人以上待機するようにすること。

 異常が起きたときは構わずすぐに自分を呼ぶこと。

 身の危険を感じたときはさっさと逃げること。


「逃げろだと? てっきり死ぬ気で止めろとでも言うのかと思ったが」


 リンゲンが言った。

 それに対してマリアンデールは肩をすくめる。


「あなたたちに死なれたらこの館を管理する人がいなくなるでしょ。そしたら私が困る。大体、『この世ならざる者』の対応は本来は私の仕事なんだから。あなたたちがそこまで身体張る必要ないわよ」

「でも、そうしたら瘴気が不味いんじゃないの?」

「それはそうだけど、幸いこの館は辺鄙な場所にあるからね。さっきは脅かすようなことを言ったけど、多少外に漏れ出したくらいなら後からどうとでも対処できるわ」


 不安そうに言うウェンドリンに対してマリアンデールは安心させるように言う。

 すると今度はポールが手を挙げる。


「この部屋の人数を増やすと他の場所の人が足りなくなるけど、外から人間がやって来たらどうするの?」

「その点も大丈夫よ。余計なトラブルの元になりかねないから本当はやりたくないんだけど、これから館の外の結界を作り直して誰も入って来られないようにしておくから。だから私が戻るまでの間は外部からの侵入者のことは気にしなくていい。――さて、他に何か質問がある人はいる?」


 マリアンデールは一同を見回した。

 誰も質問する気配はない。

 一呼吸置いてからマリアンデールは言った。


「封印への的確な攻撃といい今回の件はどこか妙な感じがするわ。ひょっとすると今後も予想外なことが起こるかもしれない。だから皆、十分に警戒してちょうだい。繰り返すけどいざとなったら自分の命を最優先にすること。わかったわね」


 その後はとりあえずアルベルトとウェンドリンの二人が封印の扉の見張りとして残ることになり、他は解散ということで地上へ戻って行った。



 ※ ※ ※



 それから小一時間ほど後。

 セシルがエントランスを通りかかったところ、玄関が開いて外からマリアンデールが入って来た。

 先程より一層疲れた顔で、なんだか足元もおぼつかなくなっている。

 セシルは目を丸くした。


「あれ、マリアンデールさん何してるんだ? もう帰ったのかと思ってた」

「さっき言ったでしょ。館の外の結界の作り直しをするって。……さすがにこの規模の結界は負担がちょっときつかったけどね」

「え? それじゃもう終わらせたのか?」


 結界を作り直すと言っていたのは覚えていたが、セシルはてっきり一度休んで明日辺りにやるのかと思っていた。

 マリアンデールは大きく息を付くと、耐え切れなくなった様子で壁に寄りかかった。

 見た目以上にしんどそうだ。

 相当に疲労が溜まっているらしい。


「大丈夫か?」

「ええ、少し休めばどうにかなるわ。……ところであなたの方は何をしているの?」


 マリアンデールは気を紛らわすように尋ねた。

 セシルは手にしたほうきとちり取りを軽く持ち上げて言った。


「掃除。さっき三兄弟と一緒に人間追い出したんだけど、その片付けがまだだったから」


 マリアンデールは首を動かして辺りを見回した。

 言われてみればあちこちに食器の破片が散乱している。


「そんなの明日やればいいでしょうに。これからの数日は何が起きるかわからないし、休めるときにちゃんと休んでおかないと後悔するわよ?」


 マリアンデールのその言葉には異様なほど実感が籠っていた。

 それにその忠告は真っ当でもあった。

 時刻はもうすぐ夜明け前。本来なら怪異はとっくに就寝の時間だ。

 実際、地下の見張りをしている二人は別として、他の怪異たちは既に眠りについていた。


「そうなんだけど何か落ち着かなくてさ。どうせそこまで時間も掛からないし気晴らしも兼ねてさっさと済ませようと思って」

「まああなたが支障ないというなら別に構わないけどね。……というかそれ、ちゃんと使ってくれてるのね」


 マリアンデールはちり取りに目を向けて言った。

 見た目よりも遥かに大容量のゴミを溜め込める魔法のちり取り。

 掃除の途中でゴミ捨てに行かなくていいというとても便利な代物だ。


「そういえばこれマリアンデールさんが作ってくれたんだっけ。とても助かってるよ。でもなんでこんなものわざわざ作ってくれたんだ?」

「だって、ちり取りなのにそんなに小さかったら不便でしょう?」


 マリアンデールはさも当然というように言う。

 確かにその通りではあるのだが……。

 セシルはまじまじとマリアンデールを見た。

 マリアンデールはそれに対してやや困惑した顔をした。


「どうかしたの?」

「今更だけど、マリアンデールさんってどういう人なんだ?」

「どういうって、何が?」

「いや、わざわざオレたちのためにこういう物を作ってくれたり、それにここの怪異を作った人だって聞いたけどやり取りを見ていても主従関係って感じでもないし。こうしてタメ口で話してるオレがそれ言うのも変ではあるけど」


 マリアンデールは多彩な魔術を扱うし、この館の管理を任されていると最初に名乗ったことを考えても明らかに怪異よりも上位の存在だろう。

 それなのに、ダイニングや地下での怪異たちとのやり取りを見ればマリアンデールが怪異たちを気遣っているのはセシルの目にも明らかだった。


 単純な主人と使い魔たちという感じではなさそうだが、どういう関係なのか。

 そもそも、管理を任されているというのは一体誰に任されているのか。

 考えてみればセシルは彼女のことを全く知らないのだ。


「教えて欲しいなら答えるけど、多分知ったところで仕方ないし面白くもなんともないと思うわよ? それでもいいの?」

「ああ。オレ、気になることがあると寝れなくなる性分なんだ」


 セシルは大真面目な顔で頷いた。

 それを見てマリアンデールはクスリと笑った。


「わかったわ。じゃあまずは……私はマリアンデール。あなたたちにイメージし易い言葉を当てはめるなら魔女と言えばわかりやすいかしら。魔王の命令でこの大陸に開いてしまった地獄への入口の管理をしているの」

「魔王?」

「魔王でしっくり来ないのなら神様でもいいわ。私はあんなのが神様だなんて絶対に認めないけどね。とにかく何百年も昔にそういう存在と契約して、魔術を使えるようになった代わりに私はずっとあいつの使い走りをしているのよ」

「………」


 魔王……? 神……?

 なんだかいきなりスケールが大きいというか、予想外な話が出てきた。

 多分人間だった頃に聞かされていたら冗談か何かだと思っただろう。

 だが自身が怪異となった今ならそういう存在もいるんだろうなと素直に飲み込めた。


「この大陸のって言ったけど、ひょっとして地獄の入り口って他にもあるのか?」

「そうよ。ここの館の地獄の穴がどうしてできたかはもう誰かに聞いた?」

「あ、ああ」


 昔この館の主だったというベレンが死んだ娘を蘇らせるために魔術に傾倒し、偶然それを発動させてしまったために地獄の穴が開いた。

 アルベルトから聞いた話である。


「実を言うとね、ああいう話ってそこまで珍しくもないの。同じように魔術を試みた人間が不完全に発動させてしまって穴が空いた場所はこの大陸だけでも何ヶ所かあるわ。魔術を使おうとした動機はそれぞれ違っていたようではあるけれどね」

「そうなのか」

「ええ。封印を施して管理してなきゃとっくにこちら側の世界は瘴気が充満して滅びてるわ。私としては年を追うごとに仕事場が増えてくからいい加減にしろって感じだけど」


 マリアンデールは溜息を付いた。

 一つですら相当なプレッシャーを感じたあの封印の扉が各地にいくつもある、という事実はセシルにとっては少なくない衝撃だった。

 マリアンデールの話し振りからするに明日から出掛けなければならない現場というのも恐らくその内の一つなのだろう。


「さて、これで簡単な私の立場の説明は済んだかしら。じゃあ次に、ここの館の子たちとの関係ね。私があの子たちを作ったのは確かだけど、別にあの子たちの主を気取るつもりはないわ」

「どうして?」

「堅苦しいのが面倒というのもあるし、今話した通り私は基本的に複数の現場を転々としているからね。たまにしか顔を出さない奴が上司面してたらイラっとするでしょ? だから問題が無ければ現場ごとのやり方には口を挟まない。その方がこっちも管理が楽だし上手く回るから」

「なるほど」


 セシルはなんとなく納得したが、それはそれとして気苦労が多そうだな、と思った。

 今日の様子を見ていただけでもマリアンデールの負担は相当なものだった。

 現に今も疲れている。

 初対面の時は神秘的な印象を受けたはずなのに、今は良くも悪くも等身大に見えた。

 怪異の世界も色々大変なようだ。


 セシルがそんな事を考えていると、マリアンデールが不思議そうな顔をした。


「どうかした?」

「あ、いや……そうだ、もう一つ聞いてもいいかな」

「なあに?」

「その魔王って奴はどうしてマリアンデールに地獄の穴の管理をさせてるんだ? 人間が勝手に開けたのなら勝手に滅べって思っても不思議じゃない気がするんだが」

「詳しいことは私も知らないわ。今はまだこちら側の世界に滅びられては困るから、とか言ってた覚えはあるけど。多分気まぐれに近いんじゃないかしら」

「え、じゃあ気が変わったらこの世界滅ぶの?」

「そうなんじゃないかしらね。まあその時になってみないとわからないわ。あいつは本当に何考えてるのかよくわからないから」

「そうなのか……」


 話しているうちにある程度は疲れも取れたのか、マリアンデールは背中を壁から離して立ち上がった。


「さて、じゃあそろそろ出掛けようかしらね」

「もう行くのか。引き留めて悪かったな」

「いえいえ。こっちも愚痴れて少しだけすっきり出来たから。他に聞きたいこととかある?」

「いや、もう大丈夫だ」


 セシルはそう答えた。

 ただ、本当はまだ気になることはあった。


 マリアンデールは魔王とかいう存在と契約して今の立場になったと言っていた。

 では、一体なぜそんな契約をしたのか。

 契約する前は一体何者だったのか。


 そんな質問が頭に浮かんでいたが、さすがにそこまで立ち入っては駄目だろう。

 そう思ったのでセシルは脳内からそれらの疑問を振り払った。

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