第29話 耐久性診断
館の地下の広間。
封印の扉を取り囲むようにしてマリアンデールと怪異たちが集まっていた。
リンゲンやウェンドリンはもちろん、侵入者を早々に叩き出してきたセシルと幽霊三兄弟も後ろのほうで何事かと様子を窺っている。
謎肉の姿は無いが、あれはここへ来ると瘴気で身体が一気に肥大化してしまうから仕方が無い。
マリアンデールは欠伸を噛み殺しながら言った。
「久々にゆっくり寝れるはずだったのに、まさか叩き起こされるとはね」
「申し訳ございません、お疲れのご様子なのは察していたのですが……」
「ただの愚痴だから気にしなくていいわ。あなたはしっかり仕事をしてくれただけだし、むしろお手柄。よく気付いてくれたわね」
謝罪するアルベルトにマリアンデールは笑いかけて言った。
とはいえ寝ていたところを叩き起こされたというのはどうやら本当らしい。
マリアンデールは先程ダイニングで別れた時と比べて身繕いが雑というか、全体的に崩れている印象だった。
アルベルトの連絡を受けてから余程大慌てで駆け付けてくれたのだろう。
ちなみにマリアンデールの呼び出し方はセシルが初めてこの館に来た時に偶然やったのと同じ方法だった。
館の玄関なり窓なりを開けて館の外の結界に怪異が触れればいいのだ。
あの結界、人間が引っかかると怪異に電気みたいな感覚が走るが、怪異が触れた場合はあの刺激がマリアンデールに向かうらしい。
熟睡してる時にあれで起こされたのかと思うとセシルは少し同情した。
魔女というと勝手気ままに生きていそうなイメージがあったのだが、実際はそうでもないようだ。
「知らせを受けた時はまさかと思ったけれど、本当に崩れてきてるわね」
マリアンデールは扉の周囲に落ちている破片をいくつか拾い上げながら眉を寄せた。
アルベルトが緊張した面持ちで尋ねる。
「では、やはりそれは扉の欠片で間違いないのですね」
「そうね。とりあえず封印の状態を確認するから少し待っていて」
マリアンデールは扉の正面に立つと右手を軽く掲げた。
それから何か呪文らしきものを小声で呟き始める。
すると左手に握った杖の宝石が淡い光を放ち始め、扉全体を埋め尽くすように小さな魔法陣が無数に浮かび上がった。
セシルは思わず目を丸くしたが他の怪異たちはまるで動じない。
これがマリアンデールの用いる魔術というものなのだろうか。
魔法陣はまるで歯車のように干渉し合いながらそれぞれ規則的に回転している。
どういう仕組みなのかはわからないが、これがこの封印を構成しているものなのだろう。
魔法というより機械のようだ、とセシルは思った。
マリアンデールはしばらくその魔法陣の動きをじっと見上げていたが、やがて掲げていた手を降ろした。
すると杖の宝石は輝きを止め、魔法陣も扉に溶けるように消えていく。
「……参ったわね、こりゃ」
マリアンデールは肩をすくめ、うんざりしたように言った。
ウェンドリンが不安そうに声を掛ける。
「何かわかったの?」
「申し訳ないんだけど、あなたたちの意志を尊重する余裕は無くなってしまったわ」
「どういうことです」
「この封印の損耗、信じられない速度で進んでいる。このペースだと多分一ヶ月も持たないわ。いや、下手をしたらそれよりも短くなるかもしれない」
「一ヶ月……?」
セシルは思わず呟いた。
リンゲンが険しい表情で尋ねる。
「お前の見立てでは数十年は持つんじゃなかったのか。一体何が起きた?」
「何があったかなんて私のほうが知りたいわよ。前に確認した時は間違いなくそれくらいは持つ状態だった。それが短期間でここまで劣化するなんて普通ならあり得ないわ。この封印の術式を理解した上で、誰かが脆弱な部分を的確に攻撃し続けたとしか考えられない」
「それって……」
封印の扉の仕様を何故か知っていて、なおかつ扉を破壊してでも外へ出て来ようとする者。
セシルに思い当たるのはたった一人だった。
この館の主――ベレンの姿をしているという例の特定の個体だ。
他の怪異たちも口には出さなかったが表情を窺う限り同じものを思い浮かべているらしい。
マリアンデールは言った。
「まあ誰が犯人だとか、何故封印の詳細を知っているのかとか細かいことは後回しよ。現状での最大の問題は、このまま放っておけば封印が壊されてしまうということ。そうなれば瘴気が溢れ出してこの館どころか周辺一帯が再び死の大地になってしまう。それだけは絶対に避けなければならない」
「それじゃあ、すぐに封印の差し替えを行うの?」
ウェンドリンが言った。
しかしマリアンデールはバツ悪そうな顔をした。
「それが、悪いんだけど私は明日から他の現場で外せない用事があるのよ。だから一旦ここを離れないといけない。そっちの用を大急ぎで終わらせてからとなると、この封印に取り掛かれるのは一週間……いえ、五日後になるわ」
「五日後か。ではこちらはそれまでに準備でも整えておけばいいのか」
マリアンデールはリンゲンに頷いた。
「そうね。それとこの部屋の見張りの人数は増やしておいたほうがいいでしょうね。封印が弱まってしまった分、向こう側から『この世ならざる者』が現れる頻度は高くなると思うから」
その推測は当たっていたようだ。
マリアンデールがそんな話をしていた正にその時、背後の封印の扉の隙間から黒い水が勢いよく噴き出した。
液体はそのままマリアンデールに覆い被さるように襲い掛かる。
危ない、とセシルは思った。
だがセシルが声を出すより先にマリアンデールは軽く杖を振った。
「――悪いけど今この子たちと大事な話をしているの。じゃれつくのは後にしてちょうだい」
マリアンデール目掛けて落下していた黒い水が空中でピタリと止まった。
まるで凍り付いたかのように微動だにしない。
それを一瞥したあと、マリアンデールは面倒臭そうに杖で軽く床をトンと叩いた。
すると硬直してた黒い水の全体に細かい亀裂が入り、そのまま粉々に砕け散って消えてしまった。
「さて、それじゃあ具体的な今後の対応だけど……」
マリアンデールは何事も無かったようにこれからの数日間についての指示を始めた。
一方、セシルのほうは唖然としていた。
『この世ならざる者』が倒されたらしいことはわかったが、何がどうなったのかさっぱりわからなかった。
アルベルトさんたちの上司(?)だけあって強いんだな……。
セシルはそんな事をぼんやり考えていたが、すぐ我に返ると慌ててマリアンデールの話に耳を傾けた。




