第25話 提案
「あの扉の強化、ですか?」
アルベルトが言った。
マリアンデールは頷く。
「ええ、あの封印を今よりも強固なものに作り替えるの。期待通りの効果が出れば『この世ならざる者』が現れることもほとんど無くなるはずよ。もっとも、必要な時こちら側から干渉できるように扉という形は維持するつもりだから完全に遮断という訳にはいかないけれど」
リンゲンが懐疑的な目をマリアンデールに向けた。
「封印の強化はこちらとしてもありがたいが、本当にそんな事が可能なのか? お前さん、確か以前あの扉の修復は自分でも無理だと言っておったと思うんだが」
「その通りよ。あの扉は私が魔術で作り上げた封印。この館を覆っている結界と同じ性質のもので、一度発動させてしまったら修復などの干渉は不可能。損耗はしっかりするんだけどね」
マリアンデールは肩をすくめる。
ウェンドリンが不安そうに尋ねる。
「それならどうやって……?」
「やり方自体は単純よ。今張っている封印を解除して消滅させる。そしてその後より強力な封印を施す。それだけ。要するに扉を新品に差し替えるの」
「封印を解除するって……それは大丈夫なの?」
「断言はできないわね。封印を解いてから新しい封印を施すまでにどうやっても僅かな隙は生じるわ。その間は地獄の入り口が開放されてしまうから、それ相応のリスクは発生することになる」
「やはりそうなりますか……」
アルベルトが深刻な顔をする。
マリアンデールは残りの肉にナイフを入れながら言った。
「だから別に無理強いをするつもりはないわ。私が今日ここに来たのはとりあえず意見を聞くため。私が管理を任されているって言っても実際にこの館で動いてくれているのはあなたたちだからね。あなたたちが危険過ぎると判断するようなら止めておく。あなたたちが協力してくれなければどちらにしろ実行不可能だからね」
リンゲンが難しい顔をする。
「そうは言うが、お前さんがわざわざそんな話を持って来たということは今のあの扉もいよいよ不味い状態だということなんだろう?」
「そこまでではないわ。この私が施した封印なんだからあと数十年は余裕で持つはずよ。だからひょっとしたらその間にもっといい案が浮かぶ可能性も無い訳じゃない」
「ふむ……」
「でもそうしたら、その間じいちゃんずっと大変なんだよね?」
ポールが言った。
タガーも頷いている。
イストは少々飽き始めているようだったが、この二人は自分たちにも関わる話のためか真面目に話を聞いていた。
アルベルトがニコリと笑みを見せながら言う。
「私の事なら心配いりませんよ。今はもう十分に元気ですし」
「……でも」
「うーむ……」
リンゲンが唸る。
他の怪異たちも押し黙り、ダイニングはやや重い沈黙に包まれた。
「――あの……ごめん、ちょっと質問いいか?」
セシルが遠慮がちに手を上げた。
「なあに、セシル」
「根本的な所がわかってないんで教えて欲しいんだけど、あの地下の扉が無くなって地獄への入り口って奴が開放された場合は具体的にどんな事が起こるんだ?」
「そういえばセシルにはちゃんと説明していなかったか」
リンゲンが初めて気付いた様子で言う。
アルベルトがセシルを見た。
「以前に少しだけお話しましたが、あの扉の向こう側は瘴気で満ちています。また当然ながら『この世ならざる者』も大勢はびこっている。扉が開放されれば恐らくそれらがこちら側へ一斉に雪崩れ込んで来ることになるでしょう」
「そうなのか。でも開けるのは少しの間だけなんだろ? それならここの皆なら割と余裕で対応できそうな気がするんだけど、どうして迷っているんだ?」
セシルは不思議そうな顔をする。
するとマリアンデールは頷きながら言った。
「確かにその通りね。というか、セシルのお陰でアルベルトは元気になったし、謎肉も自由に動けるから効率的に瘴気を吸い込める。私が当初考えていたよりも有利に事が運べるでしょうね。イレギュラーさえ起こらなければ何も問題は無いと思う」
「そうだな」
リンゲンが同意する。
ウェンドリンやアルベルトも無言で頷いている。
「それなら悩む理由が無い気がするんだが。封印を新しくすると他に何か問題でもあるのか?」
セシルが疑問を口にするとアルベルトが答えた。
「問題はマリアンデール様が仰った『イレギュラーさえ起こらなければ』という所なのです」
「それはどういう……」
「私が普段相手をしているような通常の『この世ならざる者』だけであれば多少数が増えた所でどうということはありません。ですが扉が開放された場合、本来なら扉に阻まれてこちらへ来ることが出来ないような強力な個体が現れる可能性があるのです。……いえ、ほぼ間違いなくこちら側へやって来るでしょう。私たちと因縁が深い特定の個体がね」
「因縁が深いって、どんな奴なんだ?」
「私たちの仲間だった、ロロネさんを破壊した個体です」
ほんの一瞬、周囲の空気が凍り付くのを感じた。
セシルが躊躇いながらもさらに尋ねる。
「その個体って倒したんじゃないのか?」
「いえ、あの時の我々だけではどうすることもできなかったのです。最終的にマリアンデール様の力を借りてあの扉の向こう側へ強引に押し込むだけで精一杯でした。今のように『この世ならざる者』が隙間から漏れ出してくるようになったのもその際に扉が痛んだのが原因なのです」
「………」
それを聞いたセシルが絶句する。
他の怪異たちも何も言わなかった。
怪異たちにとってはそれだけトラウマな出来事なのだろう、とマリアンデールは思った。
ロロネの件や残りの仲間の安全の事を差し引いても、あの個体はここの怪異にとっては特別な存在なのだから。
無理強いするつもりは無い、と言ったのもそのためだった。
仲間の誰かがまた犠牲になるかもしれないというのに強要するほどマリアンデールも鬼では無い。
とはいえ、ずっと引きずっていても仕方ないだろう、とも思う。
そろそろ乗り越えて欲しい。
本人たちもそれは感じているはずだ。
「……とりあえず今日は話を持ってきただけよ。準備は整っているけれど急ぎはしないし、どうするかはじっくり話し合って決めてくれたらいい。一週間後にまた来るからその時結論が出ていたら返事を聞かせてちょうだい」
それじゃ料理ご馳走様。
マリアンデールはそう言うと、空になった皿にナイフとフォークを静かに置いた。
間もなく周囲の空間が水面のようにうねり始め、マリアンデールは溶けるように姿を消した。




