第24話 晩餐会
「これはマリアンデール様、お久し振りです」
マリアンデールとセシルがダイニングに辿り着くと入口にアルベルトが待っていた。
ここまでで散々驚かされたのでもう驚かないぞと内心思っていたマリアンデールはまたしてもギョッとした。
「アルベルト、どうしてあなたがここにいるの!?」
アルベルトには地獄への入り口の警備を任せているはずだった。
怪異が集まっていると聞いてはいたが、まさかアルベルトまで来ているとは夢にも思わなかったのだ。
しかしアルベルトはマリアンデールの考えをすぐに察したらしく丁寧に言った。
「扉の事でしたら問題ありません。先程対応したばかりですからしばらくは大丈夫でしょうし、今の状態であれば皆さまにお付き合いしながらでも十分に対応可能ですから」
「そ、そう。……それならいいけど」
言われて気付いたが、アルベルトはどういう訳か真っ当な老紳士の姿をしていた。
この姿ということは魔力も十分に維持できているということだろう。
仮に今地下で『この世ならざる者』が現れても本人の言う通りすぐに察知して処理できる。
それだけこの男は戦闘に関する性能が高いのだ。
ただ……何故アルベルトの魔力が回復しているのか、マリアンデールは不思議に思った。
ここまで万全の状態のアルベルトを見るのはいつ振りだろうか。
他の怪異よりも戦闘能力が高いこと、そして本人からの強い希望があったことから、アルベルトにはあの扉の守りを任せていた。
そのため、アルベルトは常に魔力が枯渇していつもミイラのように痩せ細っていたはずなのに。
「アルベルト、その姿は一体どうしたの?」
「これはセシルさんのお陰ですよ」
「セシルが? どういう事?」
「ご説明したいのはやまやまなのですが、皆さんもう先程からお待ちなので先ずは食事を始めさせて頂いてもよろしいでしょうか。その方が恐らくマリアンデール様も理解しやすいでしょうから。さあ、どうぞこちらへ」
アルベルトがダイニングの扉を開けて二人を招き入れる。
元が執事の服なのでこういう姿は本当に似合う。
しかし、食事をしながらのほうが理解しやすいというのはどういう事なのだろう。
マリアンデールは疑問に思ったが、促されるままとりあえずダイニングへ足を踏み入れた。
ダイニングも他の場所と同じく綺麗になっていた。
ここは食べ物に絡む場所だっただけに腐臭やら何やらで他の場所より輪をかけて酷い有様だったのに、もはやまるで別の部屋のようにさえ見える。
部屋の中央には長いテーブルが置かれ、壁には気が散らない程度の装飾品などが掛けられている。
そしてテーブルにはセシルが言っていた通りこの館の怪異たちが勢揃いしていた。
「遅いよセシル! って、あれ、魔女様?」
「……魔女様、久々に見た」
「魔女さま!」
「あら久し振りねマリアンデール」
「ふん、こりゃ珍しい」
ポール、タガー、イストの三兄弟と、ウェンドリン、リンゲン。
マリアンデールが中に入るなり、席に着いていた怪異たちが一斉にマリアンデールを見た。
いや、正確にはちゃんと椅子を使っているのはウェンドリンだけで、小人のリンゲンはテーブル上であぐらをかいているし、幽霊たちは椅子の近くで浮いている。ただ、それでもそれぞれ決められた座席の位置には着いているようだった。
「久し振りね、みんな」
マリアンデールは答えながら、本当に全員いるのね、と思った。
怪異ごとに活動周期が異なるのもあるが、それでもこうして一つの部屋に全員が揃っているのを見るのはこれが初めてな気がする。
いや、全員ではないか。
考えてみれば謎肉がいない。
まああの子は瘴気回収が食事のようなものだし、そもそも肉が増えすぎて食糧庫から出られなくなっていたはずだ。
食事会というのならいる意味は無いし、そもそも物理的に来れないのだから仕方がない。
ただ、どうしてこの子たちは食事などしているのだろう。
マリアンデールは未だに状況が飲み込めずにいた。
この館の怪異は睡眠を取れば魔力は回復する。
食事を取る必要は無いし、実際これまでそんな事をする怪異はいなかった。
ただ、眺めていると皆楽し気だし水を差すのも悪い気がした。
細かいことは食事が終わってから尋ねてみればいいだろう。
「さあお二人もお座り下さい。今料理をお持ちしますので」
アルベルトが椅子を追加で用意してくれたのでマリアンデールとセシルもそれぞれ席に着いた。
それからアルベルトは高速でダイニングから出て行ったかと思うと、間もなく台車で料理の皿を運んできてそれぞれの前に並べていった。
「これは……」
皿の上に乗っていたのは白い湯気を立てた肉厚なステーキだった。
塩コショウをかけて焼いただけらしいシンプルなもので、付け合わせも無い。
少々寂しい感じがしなくもなかった。
だがマリアンデールは目の前にそれが置かれてから目を離せなくなった。
思えばここしばらくの間、色々と立て込んでいてまともな食事を取れていなかったのだ。
まさかこの館でこんな食事にありつけるとは。
暖かい料理なんて食べるの、いつ振りだろう……。
「じゃあとりあえず食べましょうか」
「酒もあればいいんだがな」
「贅沢言わないの」
アルベルトが席に着くと食事が始まった。
マリアンデールもナイフとフォークで肉を切って口へ運ぼうとした。
だがその時、不意にマリアンデールの足元で声がした。
「モー」
不意にマリアンデールの足元で声がした。
そちらへ目をやると、顔が付いたピンク色の小さな水晶体がマリアンデールを見上げながらぴょんぴょん跳ねている。
「あら謎肉じゃない。あなたもいたのね」
マリアンデールは笑顔で謎肉を拾い上げるとテーブルの上に置いてやった。
すると謎肉は嬉しそうに顔をマリアンデールの手に擦り付ける。
マリアンデールは微笑ましく感じながら改めて肉を口へ運ぼうとしたが……あれ? 思った。
どうして謎肉がここにいるんだろう。
それに、何故本体の水晶玉だけの姿なのか。
先程も言った通り、謎肉は瘴気の発生量が増えた影響で肉が付き過ぎて食糧庫から動けなくなっていたはずだ。
鳴き声も太り過ぎの影響で今のような「モー」なんて可愛らしいものではなく「モ゛ー」などという野太い声になってしまうほどだったのである。
あの大量の肉は一体どこへ消えたのか。
――ひょっとして……。
マリアンデールは手を止めたまま目の前の肉をじっと見つめた。
するとセシルが不思議そうに尋ねる。
「食べないのか?」
「ねえ、このお肉はどうやって調達したの? この館にはまともな食料なんて残っていなかったと思うんだけど」
「肉? ああ、そこにいる謎肉の肉だよ」
「………」
多少は予想していたものの、想像通りの答えにマリアンデールはそのまま固まった。
謎肉の肉は一見肉に見えるが正確には肉ではない。
瘴気の無害化の引き換えに生み出される老廃物のようなもので、常識で考えたら手を触れる事すら躊躇うような代物なのだ。
口に入れるなど以ての外。
そのはずなのだが……。
マリアンデールはテーブルを見回した。
怪異たちはまるで気にする様子もなく談笑しながら肉を食べている。
こういったものに拒否反応を示すであろうウェンドリンでさえ平然と肉を口にしている。
……え、なにこれ、どういうこと?
なんでこの子たち、こんなもの食べてるの?
マリアンデールがそのまま固まっていると、それに気付いたウェンドリンが声を掛けてきた。
「大丈夫よ。最初は私たちも抵抗あったけど一口食べたら平気になったから。騙されたと思って食べてみて」
「でも……」
「マリアンデール様もお疲れのようですしお気に召して下さると思いますよ」
「うん、美味しいよ!」
「……問題ない」
「魔女さまもいっしょに食べよ!」
アルベルトやポルターガイストの三兄弟も口々に言う。
イタズラ好きの三兄弟はともかく、ウェンドリンやアルベルトまで言っているのだ。
信用していいと思うが……。
マリアンデールはそれでも少々躊躇したが、やがて思い切って肉を一切れ自分の口へ突っ込んだ。
「………」
これ、肉だ。
マリアンデールの口の中に入ったそれは普通の美味しい肉だった。
シンプルな調理法だったが焼き加減も味も格別だった。
噛めば噛むほど肉汁が溢れてくるのに、それでいてしつこくない。
それに何だか、一口食べただけで元気になった気がする。
「お気に召して下さったようですね」
「ええ、とても美味しいわ」
マリアンデールは素直に頷いた。
「でもどうしてこんなもの食べるようになったの?」
「これはセシルさんのお陰なのです」
「セシルの?」
それからマリアンデールは説明を受けた。
謎肉を見付けたセシルが何を血迷ったか食べると言い出したこと。
しかしそれが予想外に美味しく、また魔力を効率的に補充できることもわかったので他の怪異たちも食べるようになったこと。
魔力の補充できたことでアルベルトがミイラではなくなり、また肉の消費スピードが上がったことで謎肉もこうして食糧庫から出て自由に動けるようになったこと、などなど。
マリアンデールは肉を口へ運びながら聞いていた。
最初の抵抗はどこへやら、すっかり虜になっている。
それに確かに魔力が回復しているようだし、食べない理由は無い。
「なるほど。じゃあさっき言っていた燻製室とかいうのもこの肉絡みの話だったのね」
「うん。燻製が出来ればさらに作れる物の幅が広がるってリンゲンさんが言ってたから試してみたくって」
セシルは期待と好奇心を浮かべながら言った。
セシルがいなければ謎肉に魔力補充の効果があることなどずっと知らないままだっただろう。
やっぱり今回のセシルは掘り出し物だったわね、とマリアンデールは改めて思った。
およそ思考が怪異らしくないが、それだけに自分達とは全く違った物の見方をしてくれる。
謎肉の肉による魔力補充のお陰でアルベルトは常に全力を出せるようになったし、謎肉を食糧庫から出して好きな場所へ移動できるようにもなった。
これなら今回の用事も想定よりかなり有利に進められるはず。
お肉に夢中で忘れかけていたが、マリアンデールがここへ来たのは別の目的のためだったのだ。
「――あなたたち、ちょっと聞いてもらっていいかしら。食べながらで良いから」
マリアンデールは姿勢を正して言った。
するとリンゲンがじろりとマリアンデールを見る。
「そういえばまだ何しに来たのか聞いてなかったな。今回はどんな厄介事を持って来たんだ」
「厄介事って決めつけないで貰える? まあ厄介事には違いないけど、あなたたちにも十分益があることよ」
アルベルトが尋ねた。
「どういった案件なのですか?」
「この館の『地獄への入り口』の封印を強化することになったの。だからあなたたちにも協力して欲しい」
マリアンデールは肉を口へ放り込みながら言った。




