第21話 思惑
「それでアルベルト殿、お話というのは?」
セシルとウェンドリンが七体目の怪異の部屋を訪ねていた頃、リンゲンとアルベルトは地下の広間で話をしていた。
二人とも互いの顔ではなく固く閉ざされた扉をじっと見つめている。
アルベルトは世間話のような軽い口調で言った。
「お話というのは他でもありません。新しいセシルさんのことです」
「セシルの? そういえばわしらが戦っている間セシルに何か話していたようですな」
「はい。この館について質問を受けたので、あの扉がここに存在する理由や我々の役割について簡単に説明しました」
「ほう、話したんですね」
「おやおや、いけませんでしたか? リンゲンさんとウェンドリンさんが私の代わりを引き受けて下さったのは、てっきり私に説明役をさせるためかと思ったのですが」
アルベルトがわざとらしくとぼけたように尋ねる。
するとリンゲンは豪快に笑った。
「やはり気付いていましたか」
「それはそうでしょう。でなければあの程度の相手にお二人があれほど時間が掛かるはずもありませんし」
「いやはや、やはりアルベルト殿に嘘は付けませんな。その通りですよ。もっとも、あんたに少しは休んで貰いたいというのも本当の事でしたが」
「お心遣い痛み入ります。それで、何故私に説明をさせたのですか?」
「単にわしらよりもアルベルト殿のほうがうまく説明できるだろうと思ったんですよ。……それから、セシルとある程度話をしてもらいたくてね」
「セシルさんと?」
リンゲンはアルベルトの方へ顔を向けた。
「アルベルト殿、あんたはセシルと話をしてみてどうでしたか」
「そうですね。なかなかユニークと言いますか、これまでに無いタイプだったと感じました」
今回のセシルはこれまでのセシルとは随分違っていた。
人形に変えられてもまるで動じていなかったり、謎肉を平然と食べたりと変な方向で逞しかったりしていたが、それ以上に一線を画していたのは、他の怪異たちに対して友好的なことだった。
人間として生きていたのを唐突に人形に変えられる、という境遇を考えれば無理もない話だが、これまでのセシルにそんな個体はいなかった。
自分が陥った状況に絶望して塞ぎ込むか、現実のことだと認めずに発狂するか、自分から忍び込んできたことを棚に上げて逆恨みし館や怪異たちに敵意を向けるか。
何れにせよ、大抵は遅かれ早かれ執務室に閉じこもったまま出て来なくなるのが常だった。
部屋に引きこもり、身代わりとなる人間がやって来るのをじっと待ち続ける。
そういう怪異という認識だったのだ。
「正直なところを申しますと、セシルさんがこの地下へいらっしゃったこと自体驚かされました。しかもお二人に連れられて。そんな事はこれまで一度も無かったことでしたから」
「言われてみればそうですな」
「今回のセシルさんのことを気に入ったのですね」
アルベルトがそう言って微笑むとリンゲンはフンと顔を逸らす。
「別に気に入ったという程でもありませんがね。まあ、嫌いでも無いですが。ウェンドリンやあの悪ガキどもとも打ち解けたようだし、謎肉やあんたの問題も解決しそうだから、多少は面白い奴かなと思う程度です」
「そうですね」
アルベルトは楽しげに頷いた。
リンゲンがここまで言うということは相当気に入っているのだろう。
「まあ私の感想などどうでもいいでしょう。それよりもここからが本題なのですが」
ゴホン、と咳をしてからリンゲンは言った。
それと同時に、それまでと打って変わった真剣な面持ちに変わる。
「アルベルト殿から見て、あのセシルはどこまでやれると思いますか?」
「どこまで、と言いますと……?」
アルベルトは怪訝な顔をしたが、すぐにリンゲンの言葉の意味を理解した。
目を見張り、確認するように問いかける。
「この館について、私が説明した以上のことをセシルさんにお話しするつもりなのですか?」
「ええ。もちろん今すぐにではありませんがね。今のままではまだまだ頼りなくて話にならん。ただあいつはそれなりに胆力はあるし、何よりあんな人形の姿にされたのに前向きだ。ひょっとすると打ち明けても良いと思える日が来るかもしれない」
「で、では……」
アルベルトは震える声で言った。
「あのセシルなら、この館の呪いを――『お嬢様』の呪いを解くことが出来るかもしれない、と……リンゲンさんはそうお考えなのですか?」
リンゲンは首を横に振った。
「まさか。さすがにそこまでは難しいでしょう。ただ……ひょっとしたら、という期待が全く無いかと言われると嘘になりますな。アルベルト殿、あんたもあいつと話してみて、何か感じるものはありませんでしたか?」
「………」
アルベルトは茫然とリンゲンを見つめていた。
その時、地獄への扉の隙間からブシュッと再び黒い水が噴き出した。
黒い水は床で集まり、またしてもボコボコと膨らみながら変形していく。
リンゲンはうんざりしたように言った。
「さっき潰したばかりだというのにもう追加が来たか。この扉もすっかりガタが来てるな。わしの手で直せんのが本当にもどかしい」
「リンゲンさん」
「何です」
「リンゲンさんのお考えは理解しました。私もあのセシルになら期待してもいいと思います。そのために必要なことがあればいくらでも力をお貸ししましょう」
「それはありがたい。それじゃとりあえず、あれを始末しましょうか」
「かしこまりました」
『この世ならざる者』は完全に人の姿を形作ると、リンゲンとアルベルトをギロリと睨んだ。
だが次の瞬間、アルベルトの鋭い爪が『この世ならざる者』の身体をバラバラに引き裂いた。
そこへ間髪入れずリンゲンの巨大な拳が叩き付けられる。
「やはり万全の状態だと段違いの速さですな」
「いや、リンゲンさんの一撃もさすがのものです」
『この世ならざる者』は一度も再生することなくそのまま消滅した。
※ ※ ※
一方その頃、ウェンドリンの部屋。
「も、もう百数えたんだから出てもいいだろ!」
「そんな早口で数えたんじゃ芯まで温まらないでしょう。それにほら、球体関節にこんなに汚れが詰まっちゃってる。しっかりキレイにしなきゃ」
「ひゃんっ!? そ、そんなところ弄るなぁ!」
バスルームへの扉の向こうからセシルの叫び声が響いていた。




