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呪いの館で人形に変えられました。その姿で館を永遠にさまようがいいと言われたので快適な豪邸生活を目指そうと思います  作者: 鈴木空論
第3章:呪いの館の住人たち その2

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第19話 呪いが生まれた理由

「この館が『呪いの館』と呼ばれるようになったのは今から三百年ほど前のことです。当時この館には、この周辺を統治する領主とその家族、それに大勢の使用人が住んでいました」


 アルベルトは当時を懐かしむように言った。

 セシルは首を傾げた。


「領主って、こんな森の中なのに?」

「その頃はこの付近一帯は今のような森ではなく村があったのです。今はもはや見る影もありませんがね」

「そうなのか……」


 とすると、その領主が酷い奴で今の状況を作り出す原因になったのだろうか、とセシルは思った。

 しかし、アルベルトはそんなセシルの考えを見透かしたように軽く首を振った。


「あの地獄への入口が開いてしまったのは確かにその領主の行いによるものです。ただ、あの方は決して悪い人間ではありませんでした」

「え?」

「その領主は温厚かつ勤勉な性格で、奥様と一人娘であるお嬢さんを大変愛されており、それと同じくらい領民たちにも情をかけておいででした。領民たちもそれに応えて領主のためにいつも一生懸命働いていましてね。領地全体がとても明るい空気に包まれていた。恐らくあの頃が、この領地が最も平和な時期だったのではないかと思います」

「それならどうして……」

「ある年の冬にこの地を流行り病が襲いました。それによって領主のお嬢さんがお亡くなりになられたのです」



 領主の娘の死はあっという間の出来事だった。

 病に倒れてからほんの数日。担当した医師は都へ応援を呼ぶどころか原因を特定することすらできなかった。

 そしてそれによって何もかもが崩れていった。


 領民たちは自分たちにも病が降りかかるのを恐れ、多くが領地から離れていった。

 領主の妻は娘の死によって心を病んで床に臥せることが多くなった。

 そして、側仕えのメイドが目を離したほんのわずかな間に首を吊って死んでしまった。


 短期間のうちに妻と娘を失った領主はまるで別人のようになり果てた。

 部屋にずっと引きこもりがちになり、使用人たちが心配して訪ねると逆に罵声を浴びせて部屋から叩き出した。

 領地の管理の仕事にもまるで手を付けず、怪しげな本を一心不乱に見つめながら何かブツブツと呟いていた。

 同情して残っていた使用人たちも一人、また一人と去っていき、気付けば館には領主一人だけが残された。


 領主が読んでいたのは魔術書だった。

 娘が生前に旅の商人から買った、ある秘境の呪術師が編み出したという魔術の儀式について書かれた本。

 ただし、人間の世界には魔術など存在しない。

 その本の中身もデタラメな事ばかりが書かれており、まともな教養を持った人間からすれば胡散臭いと一笑するような内容。

 領主の娘も本気で魔術を覚えようなどと考えたわけではなく、ほんの冗談と興味にかられてその本を購入した、というだけだった。


 しかし領主はその魔術書にすがり付いた。

 魔術書には生命を蘇らせる儀式のやり方についても書かれていた。

 これはきっと天啓だ、と領主は神に感謝していた。

 神はこの方法で娘を蘇らせろと娘を通して私にこの書物を与えたのだ。

 そう思い込んでいた。


 領主は魔術書の通りに儀式の準備を整えた。

 自らの血で魔法陣を描き、必要な供物を並べ、記された通りの呪文を一心不乱に唱えた。


 繰り返すが、人間の世界には魔術など存在しないし、仮に存在を知ったところで人間に魔術は扱えない。

 だからこれはただの無意味な行為で終わるはずだった。

 しかし様々な偶然が折り重なった結果、魔術は本当に発動してしまった。

 ひょっとすると、領主の信念が届いた結果だったのかもしれない。

 奇跡が起きたのだ。


 ただしそれは、娘を蘇らせる奇跡では無かった。

 不完全な魔術の発動によって生み出されたのは、地獄へと繋がる穴だった。


 魔法陣が輝いた瞬間、領主は地獄に引きずり込まれた。

 そして館の周辺には瘴気が充満し、わずかに残っていた領民たちは一人残らず命を落とした。



「……以上が地獄への入り口が開いた経緯です」


 アルベルトは淡々と語り終えると小さく溜め息をついた。

 セシルは尋ねた。


「それからどうなったんだ?」

「事態を収めたのはマリアンデール様です」

「マリアンデールが?」


 マリアンデール。

 セシルが人形になって間もない頃に出会った魔女。

 アルベルトは例の扉を指差しながら言った。


「この周辺一帯が瘴気に包まれて間もなくのことです。マリアンデール様はどこからともなくこの地へ姿を現すと、すぐに瘴気をあちら側の世界へ押し戻し、領主が開けてしまった穴をあの扉で封印し、それから館の周囲を深い森に変えて人間が容易く立ち入らないようにしました。……そして、最後に、館に残されていた品のいくつかに魔力を注ぎ、我々怪異を生み出してこの館を守るよう命じたのです」


 それを聞いてセシルは驚いた。


「怪異を生み出した?」

「ええ。我々はそれぞれこの館にゆかりのある品から生み出されたのです。例えば私は、館に執事として長年仕えていた男の仕事着から生まれました。任された役割は前述の通り、扉から漏れ出して来た『この世ならざる者』の処理ですね」


 そして――と、アルベルトは他の怪異についても話し始めた。


 リンゲンは館が召し抱えていた職人の愛用していた工具から生まれた。

 役割は館の修理と保全。


 ウェンドリンは領主の妻が最後に着用していたドレスから。

 役割は館内における迅速な異常察知と情報共有。


 ポルターガイストの三兄弟は領主の娘が愛用していた食器から。

 役割は外からやって来た人間の追い出し。


 謎肉は食糧庫に残っていた食材から。

 役割は瘴気の回収と無害化。



「じゃあオレもそうやって生まれたのか。オレというかこの身体というかだけど」

「いや、あなたに関しては少々事情が違います。あなたは――いえ、セシルはマリアンデール様が生み出した怪異ではありません」

「え、そうなのか」

「セシルは領主が儀式を行った際に供物として用いられた人形で、儀式が完了した時点で既に怪異として目覚めていたのだそうです。だからマリアンデール様もセシルについては不明な部分が多いと仰っていました」

「ふうん……」


 アルベルトから話を聞きながらセシルはマリアンデールが「セシルだけは例外だ」と言っていたことを思い出した。

 あれはどうやらこういう意味だったらしい。


「さて、私が話せるのはこれくらいでしょうか。ちょうどあちらも終わったようですね」


 アルベルトがリンゲンたちの方を向きながら言う。

 セシルもそちらへ目をやると、リンゲンが何度目になるかわからない拳を黒い人間に叩き付けているところだった。

 黒い人間は例によって弾け飛ぶ。だが今回は液体にはならず、煙のように霧散してそのまま音もなく消えていった。


「ふう、やっと片付いたか。なかなか骨が折れたわい」

「くたびれた。久々にやるとアルベルトさんの偉大さを改めて思い知らされるわね……」


 二人とも疲れた様子で伸びをしたり腰を捻ったりしている。

 セシルはホッとした。


「お二人とも無事で何よりです」

「うん。……って、あれ?」


 セシルは二人からアルベルトに視線を戻し、それから目を点にした。

 つい先程まで、そこにいたのは骨と皮だけのミイラのはずだった。

 ところが今セシルの傍には、執事の服が似合う小洒落た老紳士が腰を下ろしていた。


「どうかしましたか?」


 老紳士が不思議そうな顔をする。

 声は間違いなくアルベルトのものだった。

 だが、まるで別人……というか別物である。


「ええと……アルベルトさん、だよね?」

「おや驚かせてしまいましたか。仕事柄、私は魔力量が減少しやすいので魔力残量に応じて外見が変わるようになっているのです。その方が他の方との連帯も取りやすいですからね。今のこの姿が万全な時の状態となります。改めてこれから宜しくお願い致しますね、セシルさん」


 見れば、バスケットの謎肉がすっかり空になっていた。

 全部食べたことで魔力が最大まで補充できたということらしい。


「は、はい……」


 セシルは口を閉じるのも忘れてコクコクと機械的に頷いた。

 それは下手をすると館の秘密よりも衝撃的な光景だった。

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