第11話 後片付けと館の秘密
エントランスへ辿り着くとまだ巨人状態のままのリンゲンがいた。
「ん? 顔が赤いがどうかしたのか?」
「な、何でもないよ……」
つい先程ようやく解放されたセシルはもじもじとスカートを握りながら首を振った。
ウェンドリンは素知らぬ顔でただニコニコしている。
リンゲンは怪訝な顔をしたが、そこまで興味も無いらしくそれ以上は詮索しなかった。
三人組の男たちはエントランスの隅の方で仲良く川の字に寝かされていた。
どれも白目を剥いたままピクリとも動かないが、呼吸はしているようなのでどうやら気絶しているだけで生きてはいるらしい。
どうやら金目の物が目当てでこの館へやって来たらしいが……。
似たような動機で忍び込んだ身として少々複雑な気分になりながらセシルは三人を見下ろした。
「それで、こいつらはどうするんだ?」
「あとは放り出すだけよ。これだけ怖がらせれば大人しく帰ってくれるはずだから」
ウェンドリンはそう言いながら玄関を開けた。
するとリンゲンが気絶している三人を館の外へポイポイと雑に放り投げる。
三人の男たちは館のそばの草むらの中でもみくちゃな状態で転がった。
ウェンドリンは満足そうに頷くと玄関を閉めた。
「全く、余計な仕事を増やしおって」
リンゲンがやれやれと大きく息を吐く。
それに従いリンゲンの身体が縮んでいき、やがて元の手の平サイズに戻った。
「今日はもう遅いし、お皿の修理は明日に回したら?」
「そうはいかん。他にも頼まれごとを抱えているからな。今夜中に終わらせる」
「もう若くないんだからあまり無理すると身体に毒よ?」
「やかましいわい、年寄り扱いするな」
ウェンドリンとリンゲンは呑気に雑談を始める。
セシルはやや呆気に取られた。
「ええと……これでもう終わりなのか?」
「そうだけど、何かおかしい?」
「いや、わざわざこうして集まったのにただ放り出すだけで終わりなんだなって」
セシルがそう言うとウェンドリンは納得したように頷いた。
「ああそういうこと。これはまあただの習慣みたいなものよ。こうして最後に全員揃って確認すれば、例えば『俺が脅かしたあいつがいないぞ!』みたいな感じで回収漏れなんかが起きてもすぐに気付けるでしょう?」
「なるほど」
思ったより合理的な理由だった。
幽霊屋敷にやってきた人間を脅かしているのに、何だか普通の仕事みたいだ。
非日常的な怪異の世界も案外現実的なのかもしれない。
「というか、普通に帰してやるものなんだな。オレが聞いた噂じゃ『呪いの館』に行った人間の中には無事に戻って来なかった奴も多いって話だったからちょっと意外だ」
「そんなもんはあくまで噂だ。まあ、わしらにはその方が都合がいいから誤解を解くつもりもないがな」
「そうね。私たちは人間ではないけれど、別に人間に悪い感情を持っている訳でもないから。ちゃんと住み分けさえ守ってくれたら余計な手出しなんてしないわ」
「そういうものなのか……でも、何のお咎めも無いんじゃまた懲りずにやって来る奴もいるんじゃないのか? あんなところで目を覚ましたら館での出来事もただの夢だと勘違いするかもしれないし」
セシルはふと浮かんだ疑問を口にした。
するとウェンドリンとリンゲンの二人は事もなげに言った。
「その場合は残念だけど噂が現実になるだけね」
「余計な仕事がさらに増えるから勘弁願いたいがな」
「………」
どうやら必要以上に手出ししたくないというのは感情的な問題ではなく、手間が掛かるからという部分が大きいらしい。
まあ、その辺はセシルもなんとなく理解できた。
ここの住人からしてみれば人間など勝手に土足で上がってきて害を為す迷惑な存在でしかないのだ。
浮浪児だった頃のセシルにとっての奴隷商や暴力を振るってくる連中みたいなものなのだろう。
関わりたくないが対処しない訳にもいかない。そんな連中だ。
ただ、そうだとすると……。
セシルの頭にまた疑問が浮かんだ。
その疑問はこれまでのも何度かぼんやりと浮かんでいたものだった。
「なあ、この館って何かあるのか? 例えば何か大切なお宝が眠っているとか」
この館の中はどこも埃まみれで荒れ放題だった。
既にこれだけ荒れているのだから、外部の者が侵入して多少散らかしたところで大差ないだろう。
そう考えるなら別に放っておいても問題ないはずだ。
だが今回の侵入者たちへの対応は思いのほか徹底していて、また事務的だった。
単純に縄張りを荒らされるのが気に入らないから攻撃するとか、面白がって脅かしているという感じではない。
そうする必要があるからやった。そういう印象だった。
館の周囲に侵入者を感知する結界が張られていたり、最後に全員で侵入者の回収漏れを確認したりするというのがその最たる例だろう。
館自体が荒れ放題でも気にしないのに、館へ侵入した者は一人残らず確実に排除する。
それは何故か、と考えてみると――セシルが思い当たった理由はこんなものだった。
この館には、怪異たちにとって大切な『何か』が隠されているのではないか。
その『何か』に誰かが近付くことがないように侵入者が現れたときは徹底的に排除している、というのなら納得もいく。
その大切な『何か』というのが一体何なのかは全く想像も付かないが……。
セシルは深い理由があってこの質問をした訳ではなかった。
単純に気になった。それだけだった。
だが、どうやらそれは触れてはいけない事柄だったらしい。
ウェンドリンとリンゲンの態度や表情は変わらなかったが、一気に周囲の空気が張りつめたのをセシルは感じた。
明らかにセシルへ警戒心を向けている。
「それを確かめてどうするつもりかしら」
ウェンドリンが言った。
にこやかな表情のままで口調も穏やかだったが、それが逆にプレッシャーを感じさせる。
セシルは慌てて弁解した。
「悪い、聞いちゃいけないことだったみたいだな。別に気になったというだけで深い意味は無いんだ。忘れてくれ」
セシルは怪異になったといっても数日前まで人間だった新参物なのだ。
しかも元は先程の三人組と似たような侵入者である。
どうやら余程重要な秘密のようだし、元侵入者の新参者にいきなり尋ねられたらそりゃ警戒もするだろう。
今のは全面的に自分が悪い。
セシルの意図が伝わったのか二人はすぐに警戒を解いた。
それからウェンドリンが眉尻を下げて申し訳なさそうに言う。
「確かにあなたの言う通りよ。この館には私たちにとってとても大切なものが隠してある。もっとも、ここへやって来るような人たちが期待しているようなものではないけどね」
「そうなのか」
「ええ。セシルにも直に知ってもらうことになると思うわ。でももう少し待って欲しいの。もっとこの館のことを知ってからでないと多分理解できないと思うから」
「わかった」
どうやらこの『呪いの館』には、怪異たちが棲んでいるだけでなく何か重大な秘密があるらしい。
気にならない訳ではない。
だがそのうち教えてくれるというのだから別に慌てる必要もない。
それにセシルにとってはそんなことよりもここで快適に暮らすことの方が重要なのだ。
そんなわけで、この件に関してセシルはひとまず考えるのを止めた。




