第95話 再登場の魔女
どこか見覚えのある幼女の出現にセシル以外の全員があんぐりと口を開けた。
アルベルトが驚きと戸惑いの入り混じった表情で尋ねる。
「この可愛らしい方は、まさか……マリアンデール様ですか?」
「そうよ。さすがはアルベルトね」
小さなマリアンデールは満足そうに笑みを浮かべる。
その反応を見てウェンドリン以外の怪異たちはさらにざわついた。
姿形だけでなく、言葉遣いや仕草にもどことなくマリアンデールの面影が感じられたからだ。
セシルが苦笑いしながら言った。
「まあそういう反応になるのも無理ないか。半年前に初めて召喚した時はオレだって困惑したからなあ……」
「半年前っていうと……それじゃあこの子が、セシルが教会で召喚したって言ってた小さい魔女さまなの?」
ポールがセシルと幼いマリアンデールを交互に見やりながら言う。
「ああ、その通りだよ」
半年前の教会本部での騒動の際、セシルとウェンドリンと謎肉は礼拝堂で『この世ならざる者』の特殊な個体に襲われた。
その窮地を打開するため、セシルは一か八かでマリアンデールを複製召喚しようと試みた。
その時に現れたのがこの五歳くらいの小さなマリアンデールだった。
怪異の身で魔女を召喚するには魔力が圧倒的に足りなかったために不完全な召喚になってしまったのだ。
しかし姿は小さくとも魔女は魔女。
小さなマリアンデールはあっという間に戦況を引っくり返し、騒動の解決に多大な貢献をしてくれた。
セシルはその時の子を再びこの場で召喚したのだった。
「話には聞いていたけれど、実際にこうして見せられると何とも変な感じね……
平静を取り戻したマリアンデールは小さなマリアンデールの前に屈み込んでしげしげと観察した。
小さなマリアンデールのほうもマリアンデールに興味津々らしい。「わーい本物だー」と無邪気にはしゃぎながら抱き付いている。
「……親子みたい」
タガーが呟いた。
「しかし、この子を召喚してどうしようと言うんだ?」
『初代セシル』が不安げな顔をセシルに向ける。
小さなマリアンデールも顔を上げ、首を傾げてセシルに尋ねる。
「そうよ。私を呼び出したのは良いけど何をさせるつもりなの?」
「……あなたさっき、私に任せなさいって言ってなかった? 何で呼ばれたか分かってたんじゃないの?」
「知らないわ。召喚されて嬉しかったからああ言っただけだもの」
「………」
マリアンデールは頭を抱えた。
仮にも自分の複製だというのに本当に子供のようだ。
セシルは言った。
「何をして貰うかについてはさっき話しただろ? この子にも封印の膜の魔術を使ってもらうんだ」
セシルは自分が考えた作戦を簡単に説明した。
まず、マリアンデールがセシルに封印の膜の魔術を掛ける。
そして次に、小さなマリアンデールが同じ魔術を自分自身に掛ける。
そうすればセシルと小さなマリアンデールの二人が地獄へ行けるし、魔術の発動だけであればマリアンデールもそこまで負担は掛からない。
そんな作戦だった。
リンゲンが言った。
「確かにマリアンデールに無理をさせるよりはその方が安定するかもしれんな」
しかし小さなマリアンデールがブンブンと首を振った。
「それは無理よ。私の魔力が持たないわ」
「そうね。地獄へ付き添わせるのは厳しいと思う」
マリアンデールも同意を示す。
複製召喚によって呼び出された存在は、魔力の塊と同じである。
その姿を維持し続けるだけで魔力を消耗し、魔力が無くなれば消滅する。
マリアンデールの複製なのだからこの小さなマリアンデールにも封印の膜の魔術は恐らく使えるだろう。
だが、使えるだけだ。
封印の膜の魔術は封印の扉の魔術と同じく、発動するためには複雑かつ膨大な魔力を消費する。
例え封印の膜の魔術を発動させられたとしても、恐らくそれで小さなマリアンデールの魔力は尽きてしまうだろう。
実際、以前の教会での騒動の時も、小さなマリアンデールは封印の扉の魔術の簡易版である封印の蓋の魔術を一度発動しただけで魔力切れを起こして消滅したと聞いている。
発動した本人が消えてしまえば封印の膜の魔術もすぐに消えてしまう。
それでは何の意味も無い。
だが、マリアンデール二人に否定されてもセシルは気にする様子は無かった。
それどころかその突っ込みを待っていましたとばかりに口端を上げる。
「もちろんそれはオレだってわかってるよ。だからここ数日、実験をやって確かめたんだ」
「実験?」
そういえばそんな事を言っていたな、とマリアンデールは思い出した。
しかし何を思い付いたのだろう、と訝しく思っていると、セシルは先程から自分が食べていた燻製肉の欠片を小袋から新たに取り出した。
そしてそれを小さなマリアンデールに差し出す。
「ほい」
「へ?」
「これ食べてみてくれ。それで魔力の回復が出来るはずだから」
「……へ?」
小さなマリアンデールは目をぱちくりさせた。
それから物問いたげな目でマリアンデールを見る。
マリアンデールも困惑していたが、やがて無言で小さなマリアンデールに頷いてみせた。
複製が燻製肉で魔力を回復できるというのなら事情は全く違ってくるからだ。
小さなマリアンデールもコクンと頷き、セシルから燻製肉を受け取った。
半信半疑な表情をしながらも燻製肉を口に入れ、何度か噛んでからゴクンと飲み込む。
すると――。
「……本当に魔力が増えてる」
小さなマリアンデールを観察していたマリアンデールが目を見張りながら呟いた。
ウェンドリンが言った。
「すると、セシルが言っていた作戦は可能って事?」
「そうなるわね。こんな手軽に魔力を補充できるなら十分行けると思う。……複製召喚にこんな仕様があったなんて私も初めて知ったけど」
マリアンデール自身が一から術式を組み上げて作り出した魔術のはずなのに、召喚対象の幼体を呼び出せたり物を食わせて魔力を回復させたり、予想外の特性ばかりである。
他にも妙な特性があるかもしれないのでじっくり検証してみたいところだが、まあ今はそんな事をしている時間など無い。
セシルが言った。
「それじゃあ早速地獄ってところへ乗り込んでもいいのかな」
「他に策は無いし、あなたが問題ないって言うならそれで良いけれど……セシル、本当に任せてしまって大丈夫? 地獄は私にとっても未知の世界だし、どんな危険があるかわからないのよ?」
あくまでも現状はセシル一人で行かなくて済むようになっただけ。
他にも危惧する点は多い。
最悪の場合、帰って来れなくなる可能性だってあるのだ。
しかしセシルは迷う様子もなく答えた。
「危険があるのは最初から承知の上だよ。でも迷っている暇は無いんだ。任せてくれ、ロレッタさんは必ず無事に連れ帰ってみせるから」
「私も頑張るよ!」
小さなマリアンデールがぴょんと跳んだ。
謎肉がモーと鳴く。
マリアンデールは溜め息をついた。
セシル本人の意思がここまで硬いのならもはやマリアンデールに止める理由は無い。
「わかったわ。ロレッタの事、お願いね」
「ああ」
こうして、地獄のロレッタ救出作戦が決行されることになったのだった。




