第94話 地獄の庇護者
「レイミナとベレンの二人が、あんな状態でも生きていたというの?」
マリアンデールは尋ねた。
無意識に身体が震えていた。
『初代セシル』は申し訳なさそうな表情をマリアンデールに向けたあと、淡々と言った。
「生きていたというよりも死ねなかっただけというのが正しいかな」
「死ねなかった……?」
「『レイミナ』や『ベレン』みたいな特別な個体は、情報源として利用するために元になった人間の魂を体内に残しておくんだ。奴らが取り込んだ人間の姿を維持していたり、元の人間と遜色ない知識や言動を再現できるのはそのせいなんだよ」
そして、と『初代セシル』は続けた。
『初代セシル』の説明によると、驚いたことにレイミナとベレンは取り込まれた後も密かに意識を保ち続けていたらしい。
そして『レイミナ』や『ベレン』が地獄のロレッタの存在に気付かないよう意図的に注意を逸らさせたり、今回のように何者かが外から地獄へ影響へ与えようとした時も、『レイミナ』に不快感を覚えさせて地獄が安定化するように魔術を発動するように仕向けたりしてくれていたのだそうだ。
本来ならば取り込まれた人間にそんな真似は不可能なはずで、何故そんな事が出来ていたのかは『初代セシル』にも分からない。
レイミナが生前から魔術を扱えていたのが関係していたのかもしれない。
とにかく、そのお陰で『初代セシル』はこれまで窮地らしい窮地に陥ることも無くロレッタを匿い続ける事が出来ていたのだという。
アルベルトが言った。
「つまり今回ロレッタ様を守れなかったのは、我々が『レイミナ』を倒してしまった事でレイミナ様の庇護を受けられなくなったから……と、そういう事なのですか」
「情けない話ではあるけれどその通りだよ。私だけではここまで厳しいものだとは思いもしなかったんだ。本当に申し訳ない」
『初代セシル』は頭を下げた。
ウェンドリンがマリアンデールを見る。
「本当なのかしら」
「……ありえない話ではないと思うわ」
『初代セシル』の話が確かなら、今まで守れていたのに今回に限ってロレッタに被害が出たというのも辻褄が合う。
ただ、とマリアンデールは思った。
もしそうだとしたら、マリアンデールはレイミナを二度も手に掛けたという事になる。
「マリアンデールさんたちがやった事は間違ってないよ」
マリアンデールの考えが顔に出てしまっていたのか、『初代セシル』がどこか気遣うように言った。
話せと言ったのはマリアンデールたちのほうなのに、マリアンデールたちに対して負い目を感じているようだった。
「『レイミナ』や『ベレン』の中に魂が残っていたと言っても、一度取り込まれてしまえば分離する事はもう不可能だからね。彼らを解放するためには取り込んだ個体ごと消滅させる以外に方法は無い。ベレンさんもレイミナさんもそれは十分理解していたはずだよ」
「………」
マリアンデールはどう返せばいいのか分からなかった。
怪異たちも同様なようで誰も何も言わなかった。
間違っていなかった、と言われても、すぐに割り切れるものではない。
室内に沈黙が漂う中、『初代セシル』が再び口を開いた。
「……さて、これでもう私には君たちに隠し立てしている事は何もない。といってもやはりこの場では証拠になるようなものは示せないし、私からはこれまでに語った事を信じて貰うより他はない。その上でお願いだ。ロレッタを助けるために協力して欲しい」
『初代セシル』は再び深々と頭を下げた。
マリアンデールは少し考えていたが、やがて言った。
「わかったわ。助けに行きましょう」
それを聞いたウェンドリンの顔に不安が浮かぶ。
「セシル一人に行かせるつもりなの?」
「いいえ。私も一緒に行くわ」
「……魔女さまも?」
「それ出来ないって言ってなかったっけ?」
タガーとポールが首を傾げる。
マリアンデールは言った。
「それなんだけどね、ついさっき神様からアイデアを貰って来たの。そのお陰で、力技ではあるんだけど魔術で作り出した膜を無理やり二つに分けて二人分にする事が出来るようになったのよ。だから二人までなら地獄へ行けるわ」
だが、リンゲンが訝しげに眉を寄せる。
「無理やり二つにするだと? そういうのは術者にかなり負担が掛かるとお前さん以前言っていたと思うんだが、大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと骨は折れるだろうけど問題は無いわ。それに、そんな事を言っていられる状況でも無さそうだしね」
マリアンデールははぐらかしながらロレッタへ目を向けた。
椅子で眠り続けているロレッタの黒い痣が先程よりも広がっている。
『初代セシル』の話を信じるにしろ信じないにしろ、ロレッタがかなり危機的な状況であることは間違いないのだ。
封印の膜の分離の方法はついさっき教わったばかりだし、さらに使用中のマリアンデールに掛かる負荷は相当な物になるだろう。
身体中の骨が本当に折れる程度で済めば御の字なほど無理をする必要があるが、そんな事を躊躇っているような状況では無かった。
それにレイミナやベレンがずっと守り続けていたというのが本当なら、その二人に引導を渡したマリアンデールにはこの子を助け出す義務がある。
マリアンデールはそう考え、覚悟を決めていた。
だがその時、あらぬ方向から声がした。
「いや、マリアンデールさんには呪いの儀式とかいうのを止めに行って貰った方がいいんじゃないかな」
セシルだった。
そういえば途中から存在感が無かったが、見れば話をしていたマリアンデールたちの後ろで携帯用の燻製肉を食べていた。
こいつはこの状況で一体何をしているのか。
周囲が唖然とする中、セシルは燻製肉を飲み込むと言葉を続けた。
「その儀式をやってる奴を止めれば地獄はとりあえず落ち着くんだろ? ならそっちを先にどうにかしたほうが良いんじゃないかな。それに正直何が起きるか分からないし、マリアンデールさんに負担が掛かる事は出来るだけ避けた方がいいと思う」
「確かにそういう考えも一理あるけれど……でもそれなら、ロレッタはどうするの?」
マリアンデールは尋ねた。
するとセシルは新たに取り出した燻製肉の破片を口へ放り込んでから言った。
「それはオレが行って来るよ」
「あなた一人で行くつもりなの?」
「いや、オレとあともう一人。……これだけ食べれば魔力足りるかな」
魔力の塊である燻製肉をどさくさに紛れて何枚も食べていたセシルは既にかなり赤く光ってしまっていた。
それで何をするのかと見ていると、セシルは胸元の複製召喚のブローチに手を当てる。
「……この間さ、マリアンデールさんが『封印の膜の魔術は一人につき一つしか発動できない』って言ってた時に思ったんだ」
「何を?」
ポールが近寄って尋ねた。
セシルはゆっくりと目を閉じながら言った。
「一人一つしか出せないのなら、その魔術を使える人を増やせばいいじゃないかな、って」
セシルが放っていた光がブローチに集まり、『初代セシル』を召喚した時よりもさらに強く輝き始めた。
やがてブローチから先程同様に青白い光の球が飛び出す。
球は二つに分かれ、片方は短い棒状のものへ、もう片方は小さな子供らしきものへと変化していった。
そして――その姿が明確になるに従って、マリアンデールの目が大きく見開かれた。
「え? まさかこれって……」
やがて複製召喚は完了し、子供と杖を包んでいた光が消え失せる。
そこに立っていたのは、やや短い魔法の杖を持った、長い白髪に黒いドレス姿の小さな女の子。
「ふふん。私にまかせなさい!」
召喚された幼い姿のマリアンデールが胸を張りながら言った。




