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第10話 二人の能力

「……あらら、一人逃げちゃったわね。もう少し追い詰めなきゃダメだったかしら」


 首吊りの女――ウェンドリンはそれまでと打って変わった軽い口調で言った。

 言い終わると同時に身体を吊るしていた紐がプツッと千切れるが、慌てる様子もなく着地する。

 それからウェンドリンは解いていた髪を後ろへ回してまとめながら部屋の棚のほうへ声を掛けた。


「ちょっと失敗しちゃったけど、この館にお客さんが来た時はこんな感じで持て成せばいいの。参考になったかしら、セシル」

「あ、ああ……」


 棚の影から姿を見せたセシルは曖昧に頷いた。

 ずっとここで待機して見学していたのだ。


 セシルは泡を吹いたまま動かない猫背な男へ目をやった。

 館の怪異の一員となったセシルの目にはウェンドリンは首に妙な紐の輪を付けた露出度の高い女にしか見えない。

 だが、人間から見れば彼女はズタズタの衣装を纏った首吊り死体に見えるらしい。

 そうでなくても今の演技力と演出力だ。

 端から見ていたセシルですら気圧される程だったのだからそりゃ気も失うだろう。


「逃げた方はどうするんだ? 追いかけるのか?」

「とりあえず行き先次第ね」


 ウェンドリンは天井から垂れ下がったままの十数本の紐のうちの一本を掴んだ。

 そして何を思ったのかその紐に話しかけた。


「リンゲンさん、一人逃がしちゃったんだけどそっちに行ったかしら?」

『うんにゃ、こっちには来とらんぞ』

「そう。じゃあ奥のほうへ行っちゃったのね」

『わしも行こうか?』

「お願いできる? 私たちも反対側から向かうから」


 セシルは目を丸くした。

 紐からリンゲンの声が聞こえる。

 確かリンゲンはエントランスにいるはずなのだが……。


「それどうなってるんだ?」

「ああ、これ? これは私の能力よ」

「能力?」

「ほら、ポルターガイストのおチビちゃんたちには食器とか軽いものを飛ばす能力があったでしょう。私の場合は紐状のものを自在に操る能力があるの。そして、その紐を伸ばした先の音を拾ったり、逆に声を伝えたりすることができるのよ」


 セシルは先程ウェンドリンと初めて会った際のことを思い出していた。

 あの時リンゲンはいつの間にか天井から垂れていた紐に声を掛け、その紐からはウェンドリンの声が聞こえていた。

 セシルには何が何だかわからなかったが、どうやらそういう能力によるものだったらしい。


「じゃあその紐はエントランスまで伸びてるのか」

「ええ、天井裏伝いでね。他の紐も同じようにこの館のそれぞれの場所へ伸ばしてあるわ。だからさっき逃げた男が物音でも立ててくれれば居場所はすぐにわかるんだけど……」

『ぎゃあああぁぁぁ!!』


 ウェンドリンの説明に合わせたようなタイミングで別の紐から叫び声が聞こえた。

 先程逃げた小太りな男の声だ。

 ウェンドリンは少し憐むような表情を浮かべた。


「あらら。よりにもよって食糧庫に行っちゃったのね。ご愁傷様」

「食糧庫にも何かいるのか?」

「ええ。謎肉ちゃんがいるわ」


 謎肉ちゃん。

 幽霊の三兄弟からも同じ単語を聞いたが、セシルにはその名前からはどういう怪異なのかいまいちイメージがつかなかった。

 なので、それについて尋ねようとしたのだが、それより先に紐からリンゲンの声が聞こえてきた。


『今悲鳴が聞こえたようだが』

「食糧庫で気絶したみたいよ」

『食糧庫だとわしのほうが近いな。ではこちらで回収するぞ』

「お願い」


 会話を終えるとウェンドリンはセシルに向き直った。


「さて、それじゃあの男のことは任せて、こちらは後始末の準備を始めましょうか」

「何をするんだ?」

「さし当たってはそこで寝てる人をエントランスまで運ばないとね。あとは……そうだ、もう使わないだろうし紐も片付けないとね」


 ウェンドリンは上を向いて片手を軽く上げた。

 すると天井から垂れていた十数本の紐がシュルシュルとウェンドリンの手の中へ吸い寄せられていく。

 ウェンドリンの手の中に集められた紐は次第に縮んでいき、やがて溶けるように消えてしまった。


「……凄い。手品みたいだ」

「うふふ。タネも仕掛けも無いけどね」


 目を丸くするセシルを見てウェンドリンは嬉しそうに微笑んだ。

 その時、不意に部屋全体が揺れた。

 地震ではない。どこかで何か重い物でも落ちたような短い地響きだった。

 だが、すぐにまたズシン、ズシン……と揺れは一定間隔で続き、しかもだんだん強くなっていく。

 足音。何か巨大なものがこの部屋のほうへ近付いているのだ。


「な、なんだ?」


 セシルが戸惑っていると地響きはセシルたちのいる部屋の前で止まり、やがて扉が開いた。

 そこに現れたのは顔だった。

 部屋の中を覗き込む横向きの巨大な顔である。


「うわぁ!?」


 セシルは思わず声を上げた。

 すると顔は不機嫌そうに顔をしかめる。


「なんだセシル、人を化け物か何かみたいに」

「へ……? その声、まさかリンゲンさん?」


 よくよく見てみればその顔は確かにリンゲンだった。

 手の平サイズだったはずのリンゲンがどういうわけか人間の数倍もある巨人になっていて、巨体を屈ませて部屋の中を覗き込んでいるのだ。

 リンゲンはウェンドリンに視線を向けると言った。


「食糧庫に倒れていた奴は拾ってきたぞ」

「あら、早かったわね」

「お前らが遅いんじゃ。なんでまだこんな所で油を売っとるのだ」

「この子に色々説明していたのよ。ちょうど今出るところ」

「ふん、ちんたらしおって。ではそこで泡を吹いている奴もわしが持っていくぞ。さっさと終わらせたいのでな」

「ありがと。助かるわ」


 リンゲンの顔が引っ込み、代わりに部屋の中へ片腕が入って来た。

 腕はしばらく部屋の手前を探っていたが、やがて泡を吹いて倒れたままの猫背な男を掴むと部屋から出て、扉が閉まる。

 それからまたズシン、ズシン……とリンゲンの足音が響いた。

 今度は遠ざかっているようだ。

 セシルはポカンとしたままその場に立ち尽くした。

 それを見たウェンドリンがくすくす笑う。


「驚いた? あれがリンゲンさんの能力。身体の大きさを自在に変えられるの」

「そ、そうなのか……」

「といっても滅多に使わないけどね。大きくなると腰が痛むし細かい修理作業には向かないから小さなままのほうが楽だって」

「へえ……」


 セシルは驚いているのか納得したのか、自分でもよくわからない相槌を打った。

 なんだかもう、色々あり過ぎて頭がパンクしてきた。


 軽い物を自在に飛ばせるポール、タガー、イストの三兄弟。

 紐を操り音も伝えられるウェンドリン。

 体の大きさを自由に替えられるリンゲン。

 一口に怪異と言っても随分とバラエティに富んでいるらしい。


 ひょっとすると自分――人形のセシルにも何かそういった能力があるんだろうか?

 ふとそんな事を考えたが、すぐに思い出した。

 そう言えばこの人形、『魂の交換』とかいうのを使えるんだっけ。

 しかし、今まで見てきた他の怪異の能力と比べると随分毛色が違うような気がする。

 まあ今のセシルには使い方はわからないし、誰かと肉体を交換するつもりも無いのだが……。


 セシルがぼんやりとそんな事を考えていると、不意にウェンドリンが背後からセシルをひょいと抱き上げた。


「さて、それじゃ私たちも行きましょうか」


 ――むにゅっ。


 背中に柔らかい感触が伝わる。

 セシルは顔を途端に紅潮させた。


「じ、自分で歩くから降ろしてくれ!」

「どうしたの? そんなに慌てて」


 ウェンドリンはきょとんとして首を傾げる。

 セシルはアワアワしながら言った。


「オレ、元は男なんだよ。だ、だからあんまりこういうのは良くないって言うか……」


 セシルは今日一番に狼狽えていた。

 あまりこういうスキンシップに慣れていないというのもあったが、それだけでは無かった。

 なんとも奇妙な感覚だった。

 人形の少女としての身体はピクリとも反応していないのに頭の中でだけは少年としての感情が暴走しそうになっている。

 そしてそんなちぐはぐな感覚のためにセシルはより一層混乱していた。

 だが、ウェンドリンはセシルのそんな反応を見るとイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「あらあら可愛い反応ねえ。そんなこと言われたらもっとサービスしたくなっちゃう」


 ウェンドリンはセシルをひっくり返すと、セシルの顔を自分の胸に押し当てた。

 セシルは目を白黒させた。


「ちょっ!?」

「今は女の子なんだから別に良いじゃない。私は気にしないし、たっぷり堪能させてあげる」

「オレは気にするんだよ! は、離せえっ!」


 セシルが腕の中でジタバタともがく。

 だがウェンドリンはセシルを抱きかかえたまま、鼻歌混じりにのんびりとエントランスへ歩いて行ったのだった。

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[良い点] 覗き込むリンデンさんのイメージがシャイニングを連想したw
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