ベンチの座り処っていつも悩む。
あら、あの子すんごいトボトボしてんな。先週と同じあの場所で、ケースを渡した子を捜していたら、そんな子を見付けた。つーかよく見たら渡した子じゃん。まあ結局用はあの子にあるんだし、声かけるか。
こっそりと背後に近付いてみる。さて、なんて驚かそうかな。
「あーあ、出会いたくなかったな」
急にそんな事を言った。えー、話しかけようと思ったのに拒否られてんの?俺。まあいーか。
「そうか?」
あの子の言葉に合わせて言ったら、急に辺りを見回し始めた。まあ見付かるワケ無いんだけどね。
ん、あれ、もしかして幻聴でも聞こえたと思ってる?いやいや現実ですよー見えてないだけですよー。まあ種明かしするか。
「何勝手に落ち込んでんだよ」
俯いていた少年が顔を上げた。
「よっ」
右手を上げて、にかっと笑って挨拶した。
いやー、それにしてもまさか泣きかけるとは思わなかったなー。公園のベンチで缶コーヒーを飲みながら、すごい申し訳なさが出てくる。なんで飲んでんのに出てくんだよ。
「あの、すみませんでした」
「いやいや、もう分かったから、もう謝らなくていいから」
「いえ、本当にすみませんでした」
あーもう、泣いてる子供の世話とかしたことねーからやめてくんねーかなぁ。
「ほら、冷めるから、それ飲みな」
缶コーヒーと一緒に買ったココアを勧める。
「あれ、もしかして苦手?コンポタとかの方が良かった?」
「いえ、大丈夫です」
うーん、分かんねー。子供の考えてる事ってずっと分かんないんだよな。一旦話逸らしてみるか。
「あ、そうそう。こんなトコまで来てアレだけど、俺の事覚えてる?」
「はい」
「あー、そりゃ良かった。あ、俺の名前は細谷っつーんだ。君の名前は?」
「落水」
「へー、まあよろしくな」
「あ、はい」
いやもう分かんねーよ。この素気のない反応さあ、もう分かんねーよ。なんなんだよ、この現代っ子。
「あのさあ、なんかさあ、なんかない?」
「は?」
なんかってなんだよ。この前急にケース渡してきた人間が、約束破ったヤツの前に急に現れて、しかも公園に誘ってからの質問ってなんだよ。
「いやさ、ブレイクタイム?って言うの?それだよ、それ」
「いや、ブレイクタイムって休憩じゃ…」
「あり?」
「というかなんですか、あなた」
「あらいつの間にか質問されてた」
「身元不明のスーツ男にケース渡されて預かってて、っていう状況自体が謎なんですよ」
「まあそりゃあ、そうだね」
「だから教えて下さいよ」
「うーーーん」
そこ悩むトコなんだ。あんな大金預けておいて、名前は良くて身元はダメって…。
「まあいいか」
良いんだ。
「えーっと、どこにやったけ、か、な…」
細谷はおもむろにスーツ中のポケットを漁った。
「これ財布、これ手帳、これはクーポン、これ携帯、これは…」
と、どこに入っていたのか大量の所持品をベンチの空いてるスペースに並べていく。
「お、あったあった」
細谷が探し出したのは、黒革の物だった。
「なんですか、それ」
「これは名刺入れ。社会人の必需品さ」
「それは知ってますけど」
「はい、あげる」
細谷は片手で名刺入れから一枚取り出し、渡してきた。
そこには、こう書かれていた。
『能力庁捜査部捜査第三課 細谷 章』
「能力庁って、役人?」
「役人って言い方はあんまり聞かないけど、まあそうね。お役所勤めなの、こー見えて」
「うん、ホントに」
「おい」
軽く笑いながら突っ込む姿が、余計に職と釣り合っていない事を際立たせている。そんな人間が、本当にそうなのか?
「なんか、ますます分かんなくなってきたんだけど…」
「お、口調砕けてきたね」
「あ」
気付いたら敬語でなくなっていた。
「まあそっちの方がこっちも気が楽だし、そのままで良いよ」
「はあ…」
「んで、こっちの身元は教えたからさ、今度はこっちの質問ね」
「ああ、そっか」
「んじゃ、なんかある?」
そういえばそうだった。なにかあるかと訊いてきていたのだった。
でもなあ、急になにかあるかと訊かれても…
「あ、そうだ」
「お、なんかあるか?」
そういえばで思い出した、あの気になっていた事を訊いてみることにした。
「なんでさっき急に出てきたの?」
「ん、さっきの事?」
「うん」
「あれは俺の能力だよ」
「どんなの?」
「ちょっと、説明が難しいんだけど…、気になる?」
「うん」
「まあざっくりと説明すると、透明人間になれる」
「…変態?」
「一言目それかよ」
呆れるなあ、とジェスチャーするが、この反応は普通じゃないか?
「まあいいか。んで、透明になるってのは別に光の屈折だとか背景の投影とかじゃなくて、見えなくなるの」
「?」
「まあ難しいよな。俺も理解するのに何年か掛かったし」
「で、どういう意味?」
「まあ待てって」
そう言って細谷は、置いておいたペンを持った。
「このペン、見える?」
「?そりゃあ、まあ」
「じゃあ、えーっと、あの街灯は?」
公園の入り口のそばに設置されている街灯を指さした。
「それも、まあ」
「じゃあ、あの鳥は?」
今度は街灯の上を飛んでいる鳥を指さした。
「まあ」
「気付いてた?あの鳥」
「いや、今言われて」
「そーゆー感じ」
「は?」
頭が疑問符だらけだ。何を言っているんだ、この男。やっぱり見た目通りの男なのか?
「今絶対失礼な事考えてただろ」
「いや?」
なんか心読まれてるな。変な考えはここら辺にしておくか。
「まあいいか。んで、あの鳥さ、さっきから指さす前から飛んでたのよ」
「はあ」
「でさ、こっからの画角だと視界に入る」
「まあ」
「でも意識していなかったら気付かないでしょ?」
「まあ」
確かに言われてみれば、あの鳥は背景だった。気付かなかった。
「んで、俺の能力はそーゆーもんで、視界には入るけど認知出来ないの」
「え?」
「脳がさ、『俺』っていう存在を正しく認知出来なくなんの。だから結果として透明人間みたいになるって意味」
「よく分かんない…」
「ははは、だよな。じゃあ、実演」
そう言って細谷は消えてしまった。
「え?え?」
音も無く、急に消えてしまった。困惑。それだけだ。さっきの説明を聞いていたが、それでも分からないし、見えない。
「え、どこ?」
細谷がついさっきまで座っていた場所を触れようと手を伸ばした。
それを、何かに掴まれた。
「え?」
「ばあ」
ぱっと細谷がさっきと変わらず、座って現れた。僕の腕を握って。
「は?は?」
「あはは、困惑するよな」
笑っているその顔が、ちょっと憎たらしく感じる。




