特殊能力を持つ一般的な僕が気付いたらとんでもない物を預けられた。
むかーしむかし、日本と言う国に一人の奇術師がおりましたとさ。その奇術師は、普通ではありえない特技を持っていたんだと。なんと物の表裏おもてうらを見も触りも聴きもせずに当てられるんだと。おかしな人間もいたもんだ。でもそれしか奇術は持っておらず、人気は全然出なかったんだとよ。残念無念、奇術師は仕方無くサラリーマンとしてその特技は忘年会の隠し芸大会ぐらいでしか使わずに一生を終えたんだとさ。
僕の名前は落水明、十四歳の男、M**県の県庁所在地がある市立中学の二年生で、そこそこレベルの高いこの中学でも、自分で言うのも何だが、テストでは毎回学年百七十人中の大体上位四分の一ぐらいを取るぐらいには頭が良い。僕の持つ能力は、視界内の物体一つを、五十センチ以内で好きな方向に落下させることが出来るというものだ。落下って言うのは、単に移動するって言う表現が嫌で、落下って言う表現をしてる。そんな僕の目の前には、総額一億円の札束が詰まったアタッシュケースがある。何故こんな事になったかというと——
久し振りに部活も委員会も何も無い学校が終わった。よし、今日はいつも通りにさっさと帰ってゲームをしよう。ささっとカバンに教科書やらを詰め込んで、爆速で昇降口に向かった。そして慣れた手付きで靴を履き替え、ダッシュで家に走った。そしてあと一回角を曲がれば家に着くという所まで来た。流石に小走りとはいえ、二十分近く走れば結構疲れた。さあさっさと帰ってアイスを食べながらアニメでも観よう。そう思いながら角を曲がったら、いかにもスパイ映画に出てきそうな黒スーツに黒眼鏡の男の人が目の前にいた。思わずビックリして後ろに下がってしまった。そんな僕を見て男は、
「ああ、ごめんごめん。ビックリさせてごめんね。あと突然で悪いけど、三日間だけこのケースを預かっててもらってもいいかな」
「え?」
「もちろんお礼もあげるし、中を見てもらっても良い。三日後のこの時間にまた来るから、預かっててね。それじゃ」
そう言って僕に生むを言わせずに半ば強制的にケースを押しつけて走り去って行った。
——というのがつい十分前の事である。渡されて即行でケースを開けるのは流石に失礼かなと思ったけど、開けて物凄い叫び声を上げてしまったが、何とか落ち着いて今現状を整理している。通気性の良い部屋着に着替えたのに、物凄い汗で体中がベッタリしてる。数枚確認したけど、ちゃんと日本銀行が発行している本物だった。親に話した方が良いのかコレは。生まれて初めてだこんな量のお金を見たのは。一体う○い棒が何本買えるお金なのかは分からない。一万円札が一万枚。一枚ぐらい抜き取ってもバレないよね?でも、預かっててって言われたし、抜いたら窃盗罪だか何かの罪に問われるかもしれない。でも一枚ぐらいなら良いかな?いやいやダメだ。たった一回の出来心で人生を棒に振るわけにはいかない。それにお礼が何なのかも知りたいし。頑張って自分を押さえ込もう。たった三日、約七十二時間。たったそれだけの時間だ。家族にも話さずに、隠し通そう。今日は木曜日だから、日曜日の午後三時半ぐらいまで隠し通す。頑張ろう、何としてでも家族からこのケースを隠し通し、あの人からお礼をもらおう。
そうと決まればまずはどこに隠すかを決めなければ。居間や洗面所などの共有スペースには隠せない。やはり自室が一番確実だろう。家族は週一の掃除と洗濯物を持ってくる時以外はあまり入って来ない。そしてその掃除は昨日に済んでいる。つまり警戒すべきは洗濯物を持って来る夜間のみ。いける。これなら何とかなりそうだ。でも自室に隠すからと言っても、どこに隠そうか。ベットの下、はエロ本でもあるまいし、かと言って机の下は目立つ。六畳+クローゼットの部屋にどデカいこのケースを隠すのはかなり難儀だと言う事に、今更気付いた。どうしよ。やっぱりクローゼットの中か。上に着替えやらを積めば何とか誤魔化せるだろう。と言うか、家族の誰も用事がある時以外今までクローゼットを開けた事は無い。つまり僕が常時閉めていればバレないのでは?いや、絶対にバレない。いける、いけるのではこれは。嬉々として僕はクローゼットに突っ込んだ。一応バレない様に一番奥に、もちろん物を上や周囲に積むのを忘れずに。さあこれで大丈夫だろう。これで三日間を乗り切る!
渡されてから約二時間が経過した。隠し場所には常に自室に篭っていれば問題無い。そして篭ると言う行為は日常的に困る事も疑われる事も無い。あとは何事も無い、いつも通りを演じれば問題は無い。そんな事を考えながらいつもの風呂掃除をやっている。別にケースを隠す以外は至っていつも通りなのだ。それを証明する様にか僕はケースを隠し終わった後、ゲームをやった。あと数日もあれば全クリ出来るだろうな。一体どんなボスが出て来るのだろうか、楽しみだな。そんな事を考えながらも風呂掃除を終わらせた。栓をして、スイッチを押して、蓋をした。二十分後には風呂に入れる。それまで居間のこたつの中で冷えた手足を暖めながらアニメでも観よう。確か今日は今追っているアニメの一つがサブスクに追加されているハズだ。それを観たら風呂に入ろう。あくまでもいつも通りを演じるのだ。これは決してケースの事を忘れているわけでは無い。うん、そうだ。スマホで観れるから自室で済ませられるけど、テレビの方が画質良いし、こたつもあるからと言うわけでは無い。うん、そうだ。だから大丈夫だ。うん。そう自分に言い訳をしながらリモコンを自分に向けて落下させて、サブスクを起動して、続けて観る欄にあるアニメを選択して、観始めた。
————二十四分二十二秒後、僕は観終わった。しかし、毎度観ても戦闘シーンはカッコいい。たまに画風が変わるのも良い。あとあの主人公の声優本当に上手だな。最近人気なのも納得出来る。顔は知らんけど。と言うか風呂に入んなきゃ。早くしないとまた母さんにドヤされるし、さっさと入ろう。自室のベットの上にほっぽってるパジャマとクローゼット内のパンツと下着を持って風呂場に向かった。パッと脱いでカゴに突っ込んで、サッと体を流して、髪を洗って、浴槽に入った。沸いたばかりだから、体中に気泡が物凄い量付いている。コレで遊ぶのが一番か二番風呂の時の密かな楽しみだ。気付いたら二、三十分程風呂に入ってた。流石にもういいかと思って、風呂を上がった。
時刻は大体午後六時半前後。母さんはいつもこれぐらいに帰って来るから、そろそろ警戒しなければならない。何事も無いいつもを演じなければならない。だがそれは、自室に篭れば八割方は解決する。さっさと二階の自室に戻ろうとすると、玄関からオートロックの鍵の開錠される音が聞こえた。それを聞いて、僕は一目散に、でも足音を殺して階段を駆け上った。
「「ただいま」」
声が二つ聞こえた。なんてこった。そう言えば今日は木曜日、つまりアイツのバイトが早番だって事だ。忘れてた。そう、僕が一番に警戒しなければいけない相手、芸大を志望してから今年で二浪目の二十歳になる兄、空だ。