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『異世界転生は終了しました』  作者: 秘灯麦夜
第一章 ── 人間爆弾
6/15

154回目の出撃後

.






 ●






 ツェツィーリア大尉の失敗とは関係なく、AS-655の任務──戦争──人間爆弾としての特攻作戦は継続される。

 僚友たちもそれは同じこと。

 先日、耐用回数を使い果たして殉死(殉職ではない)したAS-426のほかにも、人間爆弾としての限界を迎えたものは数多い。


 AS-178──426の弔い合戦を五回はこなして見せた。

 AS-203──655よりも優秀と称された彼女も、空に散った。

 AS-359──冗談と音楽を愛した男だったが、任務には、失敗

 AS-411──426とは同期であり、淡い恋人関係を結んでいたようだ。

 AS-594──敵戦艦に位置を探りあてられてしまい、機銃掃射によって死んだ。


 次々と減っていく僚輩たちであったが、戦争は苛烈さと熾烈さを増すばかりであった。

 航空魔導兵こと人間爆弾の補充も滞りなく続いた。

 AS-713、AS-791、AS-835、AS-881、AS-922……

 異世界転生に憧れ、夢見ていた眼は魔導術と戦禍のうちに荒んで、もはや見るかげもありはしない

 同情はあった。

 悲憤もあった。

 しかし、それ以上に人間の愚かさというものを痛感した。あのまま、死んでさえいれば、このような地獄のせめぎあいに落ちずに済んだものを。彼らは自らの意思で、異世界への門戸を叩いた。その結果が人間爆弾として特攻兵器よろしく軍に使い捨てにされる日々。耐久訓練や魔導実験に堪えられずに死んだ方が、まだマシな一生を送れたかもしれないと思うことで、AS-665は自らを慰めた。

 そして、154回目の出撃が無事に成功で終わった時、彼の銀髪の髪は暗灰色に近い灰色に染まり果てた。

 耐用回数は、あくまでも目安に過ぎない。

 実際、軍学者の理論上は300回の実用任務投入に堪えうると評されたものが、わずか四度の出撃で廃人と化し、処分を余儀なくされた例もあると聞く。

 AS-665の場合は、残り50数回──そもそもにおいて、200回も爆死と復元を遂げられるとは、誰も信じていなかった……おそらく、AS-665自身も。


「暗い顔だな、後輩」


 AR-989が、四段ベッドの頂上で横になって仮眠していた665を覗き込んだ。


「髪の色の変化は、耐用回数の限界値直前って意味だからな……200もいかず、俺も仲間たちのところに逝くことになるかも」


 そう懸念するAS-665であったが、まだ死ぬことを受容することはできなかった。

 目の下のクマはひどくなる一方で、出撃のたびに疲労感と脱力感の波に揺られようとも、彼は己の死を──二回目の死を拒絶した。

 ここで死んだら、ここへ自分を送り込んできた、あのクソ野郎に文句を言うこともできそうにない。それだけは御免被るが、


(そういえば、俺が助けようとした猫って、どうなったんだっけ?)


 生きているのか。

 死んでいるのか。

 それすらもわからない。

 今際(いまわ)(きわ)に「にゃあ」という鳴き声を聞いたから、多分、無事だと思われるが、そういえば首輪をつけていた気がする。名前が刻印されていたような気もした。


(あれから、この世界に来て10年か)


 早いような、そうでもないような、不思議な感覚だ。

 AR-989は、後輩らの出撃補佐のために居住区画を去っていったが、AS-665には仮眠の許可がおりていたため、その場でうずくまり続ける。明るかった銀髪が黒くすすけた灰色に変わっているのを確認して、一人暗澹(あんたん)たる思いでいると、


「AS-665」


 女性の声に呼び起こされ振り返った。

 そのけぶるような金髪の持ち主たる魔導空軍大尉に、数瞬も遅れて気づいた。


「ツェツィーリア大尉?」


 今は任務中ではという疑問符を飲み込んで、AS-665はベッドを降りて敬礼する。


「っ」


 敬礼しようとして、足元がもつれた。耐用回数──限界値に近づいていることは、眼に見えて余りある様態と言える。


「失礼しました、大尉──ご用件は?」

「ここから、あなたを逃がします」

「は? なんですって?」


 大尉は言い聞かせるように、AS-665の両肩を掴んで(のたま)った。


「私と逃げるんです。艦から、この空母から」








 ●







「逃げるって、なにをいってるんです?」


 理解力に乏しいAS-665ではない。

 帝国軍から、母艦から逃げ出し、どこか安全な地を探して亡命する。

 手首の安全装置兼監視装置を外されたことで、大尉の本気度というものを嫌でも痛感してしまう。


「すべて手配しました。私の単葉機と共に逃げるんです」


 軍から新たに支給・補充された大尉の乗機はない、が、空母には備え付けの救命艇があり。それを使って逃亡を図るというわけだ。

 だが、やはり何度考えても、わからない。


「どうして、自分なんかを?」


 逃がそうとするのだろうか。


「説明している時間はありません。あなたの休息時間と、私の休み時間が重なるのは、後にも先にもこれが最後の機会……ね、一緒に逃げましょ?」


 わけがわからない。

 しかし、このままここで出撃し続ければ、遅かれ早かれ、死ぬ時はやってくる。

 これは大いなる賭けだった。

 AS-665は、ツェツィーリアの申し出た賭けに乗ることを決め、彼女の手を取った。












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