秀次事件2
「殿下、織田秀信様がいらっしゃいました」
「おお、そうか。通せ」
「はっ」
織田秀信といえば、信長の嫡男である信忠の嫡男にあたり、織田宗家を継ぐ人物にあった。
秀信の血筋はかつての主家にあたり、世が世であれば、秀吉は秀信の家臣だったかもしれない。
自分の諱を与え、かつての主家筋にと厚遇しているつもりだが、秀吉が織田の天下をかすめ取ったのは事実であり、内心秀吉に対して良い思いは抱いていないかもしれない。
やはり、信長や光秀からかすめ取るように奪った天下だけに、いつか自分も天下をかすめ取られるのではないか。
秀吉にはそんな気がしてならなかった。
自分から天下をかすめ取るとしたら、誰が天下人となるだろうか。
やはり、日本一の大名である徳川家康か。
あるいは、拾の後見人として権力を恣にした秀次が、秀吉亡き後に拾を追い落とすのだろうか。
数日後。秀吉は秀次と懇意にしているという木村吉清を呼び寄せた。
挨拶もそこそこに、秀吉は本題を切り出した。
「……して、最近秀次に変わったことはないか?」
「いえ、特には……。普段通りの関白殿下にございますが……」
吉清の返答に、秀吉は密かに肩を落とした。
「そうか……」
「この前などは関白殿下と鷹狩りに赴いた際、殿下が料理をご馳走してくださいました」
「……料理を?」
秀吉が眉をひそめた。
あいつに料理ができたのか。
意外とは思いつつ、面白いことを聞いたと思った。
これを利用しない手はない。秀吉は満足そうに口元を歪めた。
「そうか。もう下がってよいぞ」
「はっ」
吉清を帰すと、三成を呼びつけた。
「三成、調べて欲しいことができた」
「はっ」
数日後。調査を開始した秀吉の元に、殺生関白の噂が耳に入った。
秀次が関白であることをいいことに、領民をいたぶっているのだという。
これを口実に、秀次には謹慎を命じた。
突如謹慎を命じられ、秀次は動揺していた。
「なぜ私が謹慎せねばならぬ。殿下は何と申しておるのだ」
「殿下は、『此度の謹慎は領民に対し乱暴狼藉を働いた罰だ』と申しております」
「そのようなことを言われても、心当たりなどないぞ……」
秀次は思った。
秀吉は、何かと理由をつけて、自分を排除したいのではないか、と。
どうにか秀吉の勘気を解くべく、秀次はひたすら謝罪と申し開きの文を送るのだった。
噂を口実に、秀吉は秀次に謹慎を命じた。
だが、これではまだ足りない。
謹慎だけでは、そのうち豊臣政権に復帰しかねない。
他には何かないか。
思案する秀吉の元に、三成がやってきた。
「…………殿下、関白殿下が殿下に申し開きしたき儀があるとのことにございますが、お会いにならなくてよいのですか?」
三成の進言に、秀吉は首を振った。
違う。今聞きたいのはそんなことではない。
いかにすれば秀次を排除できるのか。それだけが、秀吉の心を支配していた。
秀吉が無視するのを見なかったことにして、三成が続けた。
「……関白殿下は『自分はやましいことなど何もしていない。まして、殿下への叛心は毛ほどもない』と仰せにございます」
……これだ、と思った。
「…………秀次に謀反の疑いがある」
「殿下!?」
「儂は謀反など一言も言っておらぬのだぞ? なぜ叛心はないなどと言い訳をする。……そう言い訳するのは、秀次に後ろめたいことがあるからに他ならぬであろう」
「ですが……」
口ごもる三成に、秀吉が問いかけた。
「三成よ、お主が言ったのではないか。天下を二分するようなことだけは避けた方が良いと……。
秀次が生きておっては、豊臣の……儂亡き後の拾の天下に亀裂が走る」
「し、しかし、関白殿下は太閤殿下の甥子……。根拠もなく謀叛と疑うのは、あまりにも…」
「戦国の世なれば、時には親類縁者と血で血を洗う戦となることもあろう」
三成は言葉を失った。
天下人である秀吉が戦国の習わしを持ち出してどうする。今は、秀吉自らが築きあげた太平の世ではないか。
「かつて栄華を極めた平家も、源頼朝公を生かしてしまったが故に、最後は滅ぼされたのじゃ。儂は何と言われようと、拾の天下を守ってみせるぞ!」
「殿下……」
やはりそこなのかと思った。
秀吉は秀次の謀反を心から疑っているのではなく、拾に自分の跡を継がせるために、秀次が邪魔になったのだ。
こうなった以上、秀吉は何がなんでも秀次を排除しようとするだろう。
今回を切り抜けたとしても、またすぐに秀次に難癖をつけ、排除しようとするだろう。
かくなる上は、自分が先頭に立ち、この騒動に終止符を打とう。
これ以上傷口を広げぬべく、犠牲は最小限に留めるのだ。
決意を新たに、三成は秀吉に頭を伏した。
「はっ、万事私にお任せください」
秀吉からの命を受け、三成は秀次の屋敷を捜索した。
その結果、秀吉の証言通り秀次の謀反の証拠が明らかとなるのだった。
謀反の証拠(秀次のレシピ)
冗談です




