秀忠のおつかい 〜二人の二代目編〜
木村家の嫡男清久との婚儀をまとめるべく、秀忠は再び木村屋敷を訪ねていた。
屋敷へ入ろうとすると、見覚えのある人物が屋敷から出てきた。
「前田利長殿……」
前田利長は豊臣政権の重鎮である前田利家の嫡男であり、前田家の後継者であった。
秀忠と目が合うと、利長は会釈した。
「これはこれは、徳川秀忠殿……。こんなところでいかがしましたかな?」
「それがし、木村殿に用がございまして、こうして足を運んでいるのです」
「おお、左様か。当家としても、木村殿には用がありましてな。こうしてまかり越したのです」
前田が出てきたということは、前田家も木村家との婚儀を狙っているということだろうか。
徳川家と前田家は共に豊臣政権の重鎮であり、表立って争いこそしないものの政敵の間柄であった。
両家とも、木村家を押さえておけば今後ますます影響力を増せるとの思惑があり、婚姻により自分の勢力拡大を狙っているのか。
(これは負けられぬな……)
秀忠は気を引き締め直し、木村家の門を潜るのだった。
小姓に案内され、秀忠は吉清のところへ通された。
挨拶もそこそこに、秀忠は本題を切り出した。
「木村殿の嫡男には嫁がおらぬと聞きましてな。であれば、私の妹、振姫を迎える気はありませぬか?」
「なんと! 徳川様の娘を!」
「どうでしょうか」
徳川家は日本一の大大名であり、その娘を正室に迎えられるということは、それだけ木村家を評価していることに他ならない。
木村家にとって悪い提案ではないはずだ。
しかし、秀忠の思惑とは裏腹に吉清は渋い顔をした。
「……すぐにはお答えすることができませぬ」
「なぜですか。木村殿にとっても、当家との縁組は良い話でしょうに……」
「……実は前田家からも同じ話を頂いてな……。それゆえ、今すぐに決めるというのは……」
やはり、前田家も同じ考えだったか。
先を越されたことに焦燥しつつ、遅れたのなら前田よりいい条件を提示するまでだと思い直すことにした。
「とにかく、これは木村殿にとってまたとない好機……。
此度の婚姻は父上たってのご希望ゆえ、よくよくお考えくださいますよう……」
徳川家、前田家に対する返答は保留にしつつ、吉清は思案に暮れていた。
「どうしたものかのう……」
一人悩んでいると、紡がやってきた。
「難しい顔をされて……。どうしたのですか?」
吉清は徳川家、前田家から婚姻の申し入れがあったことを話した。
「まあ! 徳川様からそのようなお話しが!? では、どうしましょう……」
「どうかしたのか?」
「清久の嫁のことで、父から前田利長様の娘を貰ってはどうかと……」
「なに!?」
前田家は既に義父である郡宗保にまで手回しをしていたのか。
郡宗保とは良好な関係を保ってきただけに、今回の話は断りにくい。
外堀を埋められ、吉清は密かに焦っていた。
(やるな……前田利家……)
前田、徳川から婚姻の申し入れがあっただけに、もはや公家と婚姻を結ぶ必要はない。
しかし、どちらかの娘と婚姻を結んでは、両家の派閥争いに巻き込まれることを意味していた。
「まったく……奥州の政争を避けるため、公家から嫁を貰おうとしたのに、今度は徳川と前田の政争に巻き込まれようとはの……」
どちらから嫁をもらうべきか。
意見を募るべく、家臣を招集するのだった。




