生と死
豊臣秀吉の弟である豊臣秀長が亡くなると、跡継ぎには養子の秀保が指名された。
しかし、文禄4年(1595年)、秀保は17歳の若さで急死した。
これにより、大和豊臣家は断絶してしまうのだった。
これを好機と見た吉清は、秀保の旧臣取り込みを開始した。
在京している家臣である、南条隆信、真田信尹を招集すると、大量の銀が入った袋を渡した。
「この銭を使い、多くの家臣を召し抱えてまいれ」
さらに、吉清は自身の一筆の入った書状をしたためた。
書状を受け取り、真田信尹が首を傾げた。
「これは……?」
「隆信、信尹にそれぞれ5万石分の知行が差配できるよう記してある。それを使い、他家に先駆けて家臣を登用するのじゃ」
吉清ではなく、その家臣が勧誘をするとなれば、裁量権に限界がある。
武将一人あたりいくらで召し抱えて良いのか。いちいち吉清に伺いを立てていては、他の家に取られてしまうと考えたのだ。
そこで、隆信と信尹にそれぞれ5万石という人事裁量権を持たせることで、知行交渉の意思決定をスムーズにすることにした。
「よいか、使える者が居れば、じゃんじゃん召抱えよ!」
「「はっ!」」
二人が頭を下げると、吉清はすぐさま身支度を整えた。
疑問に思った隆信が、吉清に尋ねた。
「何やら急いでいるように見えますが、何かあったんですか?」
「紡が子を産んだと聞いたのじゃ。すぐに大坂へ向かわねば」
今回ばかりは手土産を用意する間さえ惜しい。
大坂に到着すると、吉清は一目散に屋敷へ向かった。
屋敷に入ると、紡が赤ん坊を抱いていた。
側に控えていた侍女が微笑む。
「元気な女の子にございます」
「おお、そうか! でかしたぞ、紡!」
「ありがとうございます、お前様」
どこか浮かない様子の紡に、吉清は首を傾げた。
「……どうしたのじゃ? 元気がないように見えるが……」
「申し訳ございません、お前様は男の子が欲しいと申しておりましたのに……」
余計なことを心配する紡を安心させるべく、吉清が微笑んだ。
「無事に子が産まれ、紡も大事ない……。これ以上何を望む」
「お前様……」
紡がホッとした様子で吉清に抱きついた。
それから、吉清はしばしの間大坂に滞在することにするのだった。
「それにしても、何という名前にしようかのぅ……」
男子が生まれてきた時の名前ばかり考えていたため女子の名前は考えていなかった。
伊達政宗は男子の名前をそのまま女子につけたと聞くが、吉清はちゃんとした名前をつけてあげる気でいた。
「紡、なんぞ……よい名でもないか?」
「では、綾というのでいかがでしょう」
「綾か……」
反芻するように、声に出さずにつぶやく。
やがて、しっくりきたのか吉清が頷いた。
「うむ。良い名じゃ」
赤ん坊を抱き上げると、無垢な瞳が吉清を見上げた。
「そちは今日から綾じゃ」
吉清が綾と呼ぶと、赤ん坊が笑うのだった。




