幕間 関白と能見物
この日、秀次からの誘いで屋敷へやってきていた。
自宅に設置された舞台で、京一番の役者を呼んで能を披露するのだという。
演目の名前は忘れたが、平安時代の話らしい。もっとも、吉清には興味がなかったが。
そうして、鼓の音をBGMに吉清は眠りの世界へ落ちていくのだった。
吉清と共に秀次邸に呼ばれた伊達政宗、最上義光、徳川秀忠も、眠気を堪えながら役者が舞うのを観ていた。
義光は押し寄せる睡魔と戦いつつ、ふと隣を見ると、伊達政宗が静かに寝息を立てていた。
「……………………」
義光は政宗の脇腹をつねった。
「痛っ……」
政宗が小声で抗議した。
(伯父上、何をする!)
(関白殿下の御前で寝ていたので起こしてやったのよ)
そう言われては反論できるはずもない。
政宗は不機嫌になりながらも能に目を移した。
ふと隣を見ると、木村吉清がいびきをかいていた。
政宗が吉清の脇腹をどついた。
「んがっ」
慌てて口を塞ぎ、小声で政宗に抗議する。
(何をする!)
(関白殿下の前で失態を演じていたお主を起こしてやったまでよ。感謝するんだな)
寝起きで不機嫌になりながらも舞台の上に視線を移す。
ふと隣を見ると、徳川秀忠が気持ち良さそうに寝息を立てていた。
さすがに秀忠に嫌がらせをするわけにもいかず、吉清は政宗を挟んで寝息を立てている最上義光にターゲットを移した。
こうして、お互いの足を引っ張りながら、半日もの間能を鑑賞したのだった。
演目がすべて終わると、秀次が感想を聞きにやってきた。
「どうであったか、京で一番の能は」
そうは言っても、内容などまったく覚えていない。
吉清が返答に窮していると、政宗が平然と嘘をついた。
「まっこと面白うございました!」
政宗はほとんど寝ているか吉清、義光の足を引っ張るかしていたが、この面の皮の厚さだけは尊敬できる。
義光、吉清も政宗に同調した。
「左様左様!」
「このような舞台を見られて、それがしは幸せですぞ!」
三人が口々に褒めると、秀次が満足そうに笑みをこぼした。
吉清は寝息を立てていた秀忠を無理やり起こすと、わざとらしく秀忠の口に耳を寄せた。
「ひ、秀忠殿も夢見心地だと申しております」
「そうか。そこまで好評なら、もう一演目やるとするか!」
三人の顔が引きつった。
半日も拘束されたのに、さらに続くのか、と。
眠気を堪えてこれ以上続くのではたまらない。
三人は顔を見合わせ、静かに頷いた。
秀次の視線が舞台に移った隙に、吉清がお腹を押さえてうずくまった。
「あいたたたた。急に腹が痛くなってきたぞ」
「ややっ、木村殿。大丈夫か? 伯父上、運ぶのを手伝ってくれ」
「任せよ」
吉清を運ぼうとする政宗と義光を、秀次が制した。
「案ずるな。小姓に運ばせるゆえ、下がっていてくれ」
秀次の気づかいを無視して、政宗と義光は強引に吉清を担いだ。
「いえいえ、友である木村殿の一大事とあっては、この伊達政宗、いてもたってもいられませぬ」
「右に同じく」
「それがしと伯父上で、このまま木村殿を医者のところまで運んで行きますゆえ、どうかご安心くだされ」
そうして、三人は逃げるように秀次邸を後にした。
三人の背中を見送り、秀次は思わず息を漏らした。
「なんと美しき友情か……」
始めは奥州に平安をもたらすべく、自分にできることはないかと始めたことだった。
だが、いざ自分のおかげで三人の親交が深まったのだと思うと鼻が高い。
胸の奥からこみあげて来る熱い思いを噛み締め、秀次は今日という日を忘れないと誓うのだった。
そうして秀次は、爆睡したままその場に残された秀忠に能を披露するのだった。




