幕間 関白メシと不破万作2
台所で伸びている不破万作を見つけると、自分たちの膳が置かれた客間まで運んだ。
背後の襖にもたれかけさせると、吉清が万作の口を無理やり開けた。
「お、おい、まさか……」
「ほうれ、万作。殿下お手製の鍋だぞ。心ゆくまで食べるがいい」
政宗が無理やり流し込むと、万作は意識がないながらも、器用に飲み込んだ。
「叔父上、次の器を」
「お、おう」
義光は自分の器を手に取ると、万作の口に流し込んだ。
「ちと、悪いことをしている気もするが、元を正せば、こやつが玉虫色の返事をして殿下を調子づかせたのが悪いのじゃ」
「まったく、そのとおり! 最上殿のおっしゃるとおりよ!」
吉清は義光に同調しながら万作の口に秀次の料理を流し込んだ。
吉清と義光がことに当たっている間、政宗は外の様子を覗い、秀次が戻ってくるのを監視していた。
そうして、残り一杯というところまで来ると、廊下から足音が聞こえてきた。
「まずい……殿下が戻ってきたぞ!」
廊下で様子を覗っていた政宗が部屋に戻ると、吉清と義光は慌てた。
鍋や器は元の場所に戻したが、台所から連れてきた不和万作は違う。
また台所へ戻そうものなら秀次とかち合う可能性があり、別室へ連れて行こうにも秀次からの目を避けて運ばなければならない。
大の男一人を抱え、秀次の目を掻い潜りながら別室へ隠すなど、どう考えても不可能であった。
ましてや、不和万作は秀次の寵愛を受けている。
このような目に合わせたことがバレてしまっては、秀次事件の前に切腹を命じられかねない。
「どっ、どうする! このままでは殿下がお戻りになるぞ!」
焦る吉清に、最上義光が手を挙げた。
「……ここは、儂の出番かもしれぬな……」
義光の指示通りに不破万作を隠す。
(これは流石にバレると思うが……)
(叔父上も耄碌したか……)
義光の策とは、義光の恵まれた体格を活かして、義光の背後に万作を隠れさせるというものだった。
当時の男性の平均身長が160cmに満たないのに対し、義光の身長はおよそ180cm。
大柄ではあるが、本当にこれで隠しきれるだろうか。
吉清と政宗が無言で顔を見合わせていると、間もなく秀次が戻ってきた。
各自、慌てて自分の席に戻る。
「ん? どうかしたか? 息をきらせているようだが……」
「い、いえ、鍋を食べたせいか、身体が熱くなったのです」
「左様左様」
吉清の言葉に政宗が同意した。
「……時に、最上殿はずいぶんと良い体格をしておるな」
義光が冷や汗を流した。
「はっ……」
「どれ、ひとつ、背比べでもしてみぬか?」
「それは……」
背比べなどできるはずがない。
立ち上がれば、背後にもたれかけさせた不破万作が明るみに出てしまうのただから。
しかし、真実を告げられるはずもなく、義光はダラダラと冷や汗を流した。
「ん? 顔色が悪いようだが、大丈夫か? 必要なら医者を呼ぶが……」
秀次の顔が近づき、義光は狼狽した。
「そ、その必要はございませぬ!」
「そうか……。まあ、あまり無理をするものではない。今日は帰って養生した方がいいやもしれぬな」
ということは、どちらにせよこの場を立たなくてはいけない。
それすなわち、義光の背後にもたれかけさせた、不和万作が顕になるということに他ならない。
(やはり、この策では)
(無理があったか……)
政宗と義光に諦めが満ちる中、吉清が立ち上がった。
「殿下の食事、大変美味しゅうございました。しかし、そろそろ戻らなくてはならぬため、今日はここでお暇させていただきます」
「そうか。遅くまで引き止めてしまい、悪かったな」
政宗と義光が憎々しげに吉清を睨む中、部屋を出ようとして吉清が立ち止まった。
「時に殿下、お見送りを頼めませぬか?」
「ん? 構わぬが……」
秀次が立ち上がると、吉清がこっそりと耳打ちした。
「……殿下に相談したきことがございますゆえ」
「……わかった」
二人が部屋を出るのを静かに見守ると、政宗は力いっぱい畳を叩いた。
「吉清め! 我らを置いて、一人で逃げおったわ!」
「……違うぞ、政宗。木村殿は殿下を連れ出したのじゃ。……追い詰められた儂を見かねてな」
「……!」
「きっと、今頃は正門で時間稼ぎをしていることであろう。……この隙に残りを万作に食わせるぞ」
「……心得た!」
そうして、吉清が時間を稼いでいる間に残りの鍋を始末すると、証拠隠滅のため万作を台所に戻したのだった。
秀次を連れ立って玄関へ向かう間、吉清は思案に暮れていた。
うまく秀次を連れ出したはいいが、さて何を話そうか。
拾や秀吉に関わる話では地雷を踏みかねず、かといって頼みごとをしては借りを作るのは危険である。
それでいて、それとなく時間も稼げるものでなくてはならないとなると……。
ああでもないと考えているうちに、いつの間にか外へ通じる門まで到着してしまった。
「それで木村殿、相談とは、いったい……?」
尋ねる秀次に、吉清は咄嗟に頭に浮かんだものを口にした。
「紡……妻に何か贈ろうと思っているのですが、それがしは女心に疎く、皆目見当がつきませぬ……。いったい何をあげれば喜ばれましょう……?」
深刻な顔で尋ねる吉清に、秀次が思わず笑みを溢した。
「ふむ、愛妻家の木村殿らしいな……」
とはいえ、多くの側室を抱える身である秀次としては、女性関係の質問に答えられなければ沽券にかかわる。
秀次が「ううむ」と考えた。
「そうだな……花など贈ってみてはどうだろうか」
「花……にございますか?」
「うむ。季節の移ろいと四季折々の美しさを感じることができるからな。
それに、花は生物だが、食べることはおろか換金することも叶わぬ。……つまり、ただ見る者を喜ばせ、愛でるためのもの──すなわち、真心を贈ることに他ならぬのだ」
秀次の見事な回答に、吉清は感心した様子で頷いた。
なるほど、花を贈るのは盲点だった。
つい形に残るものをと考えてしまっていたが、その手があったか……。
「……さすがは殿下。女心を知り尽くしておられる。まったく、罪な方ですなぁ……」
「買い被りだ」
そうして、しばらく雑談にふけると、時間稼ぎは十分と見て、吉清は帰路についたのだった。




