最上義光と鮭
領内で鮭が豊漁だったと聞きつけた最上義光は、早速上方の屋敷へと鮭の手配を進めていた。
(今年の鮭はよく肥えて脂がのっていると聞く……。フフフ……楽しみだわい……)
しばらくして、上方の屋敷に鮭が届けられると、庭先で七輪に火をつけ、切り身を炙る。
七輪の上で脂が溶け、赤身がかった切り身に焼き色がついていく。
まさしく至福の時間。
焼ける鮭を眺め自ら火の番を務めていると、ふと、屋敷の門が叩かれた。
「まったく……誰じゃ、こんな時に……」
やってきたのは義光の甥、伊達政宗だった。
「なっ……政宗か……」
強欲な政宗のこと。鮭を焼いているなどと知られては、寄越せなどと言われるかもしれない。
(まったく、面倒な……)
不機嫌な義光とは裏腹に、ゴキゲンな政宗がとっくりを掲げた。
「伯父上、久しぶりに良い酒が手に入った。今宵は共に飲もうぞ!」
「帰れ! 貴様にやる鮭などないわ!」
「なっ……俺の持ってきた酒だろうが!」
抗議する政宗を追い出すと、再び鮭を炙る。
相手はあの伊達政宗。隙を見せればこちらがやられかねない。
(この鮭は儂のものじゃ……誰にも渡さぬぞ……)
決意を新たに炙っていると、再び門が叩かれた。
(……………………)
誰だ、今度は。
苛立ちを抑えて門を開けると、見知った顔が現れた。
「木村吉清……」
「屋敷の前を歩いていたところ、何やら美味そうな匂いがしたのでな。……この匂いは、秋鮭かの?」
「帰れ!!!!!」
「なっ……まだ何もしておらぬではないか!」
「意地汚いお主のこと……どうせ儂の鮭を奪わんとしておったのだろう!」
「奪うなどと人聞きの悪い……少しばかりご相伴を預かりに来ただけではないか!」
「同じことじゃ!」
吉清を追い返すと、今度こそ火の番に戻る。
焼き色のついた切り身をひっくり返していると、再び屋敷の前で誰かが立ち止まる音がした。
おそらくは意地汚い木村吉清か、あるいは強欲な政宗か。
いずれにせよ、一度は追い返したというのに、懲りない奴らだ。
「帰れと言っておろうが!」
門の前の人物を見て、怒鳴りつけた義光の顔が真っ青になった。
「かっ、関白殿下……」
「急な来訪、すまなかったな……。ちょうど通りかかったもので、あいさつをしようと思ったのだが……取り込み中とは知らなんだ……」
「ちっ、違うのです! これは……あの、人違いなのです! 決して殿下のことを邪険にしようなどとは……」
「そう気を使わぬでよい。……とにかく、すまなかったな。私のことは気にしないでくれ……」
「違うのです! 殿下、お待ちください! 殿下ぁ!」
肩を落とす秀次を追って、義光が駆け出した。
その後、熱心な説得もあって秀次との誤解が解けると、義光は疲れた様子で屋敷に戻った。
「やれやれ……散々な目にあったわい……」
秀次の誤解を解くのに余計な労力を使ってしまった。
しかし、そんなことは気にならない。
今の自分には、鮭が待っているのだ。
脂ののった鮭が、七輪の上で自分に食べられるのを今か今かと待ちわびているのだ。
それを思えば、これくらいの苦労など屁でもない──
「──なっ」
疲労困憊の義光を迎えたのは、真っ黒に焦げた鮭だった。
「あっ……ああっ……」
焦げた鮭が黒い煙を吐き出す様に、思わず崩れ落ちる義光。
「鮭……儂の、鮭が……」
義光の叫びが黒い煙と共に秋空に溶けていくのだった。




