人材登用
徳川の乱以降、取り潰しにあった大名に仕えていた武士たちが職を失い、巷は浪人たちで溢れかえっていた。
加藤清正や福島正則ら豊臣家と縁の深い者は秀頼の馬廻りに内定をもらったが、生活に困窮する元大名も珍しくない。
大名を追われたのち、最上家に身を寄せていた伊達政宗もその一人だった。
「……決めたぞ。俺は仕官することにした」
政宗に付き従う伊達家宿老、片倉景綱が頷いた。
「よきお考えかと。殿ほどのお方となれば、どこへなりとも召し出さるかと……。
……して、どちらに仕官されるおつもりですか?」
「木村殿のところだ」
「なっ……」
思わず片倉景綱の声がうわずった。
「正気ですか!? 当家と木村家は険悪な仲……。
殿のしたことを考えれば、追い返されても文句は言えますまい!」
「それなのだが、伯父上に仲立ちを頼もうと思う。……仮にも木村家の外戚にあたる間柄……。伯父上の頼みとあらば、木村殿も無下にはすまい」
政宗の言っていることはわかるのだが、はたしてそう上手くいくだろうか。
一抹の不安を抱えながら、片倉景綱は政宗と共に仕官を始めるのだった。
浪人の増加のよる治安の悪化を懸念した奉行衆により、大名たちにはなるべく多くの浪人たちを召し抱えるよう触れが出された。
その中でも、吉清はとりわけ多くの浪人を勧誘していた。
元々人材を必要としていたこと。更なる海外進出を目論んでいたことも相成り、積極的に人材登用を進めていた。
この日も、最上義光から推薦したい浪人がいるとのことで、吉清は時間を作るのだった。
挨拶もそこそこに、義光が別室に待機させていた浪人を呼んだ。
「入ってくれ」
襖を開けて入ってきた者を見て、吉清が目を見開いた。
「だっ、伊達殿! なぜここに……」
「それなのだが、召し抱えてもらいたい者というのは、他でもない政宗なのじゃ」
「なんじゃと!?」
政宗がその場に頭を伏せる。
「伊達政宗にございます。これまでの木村様へのご無礼の数々……申し開きのしようがありませぬ。その上で、伏してお願い申し上げます。……どうか、それがしを木村家の末席に加えていただきたい」
殊勝な態度の政宗を見て、吉清が面食らった顔をした。
家康同様、政宗はこの時代で一二を争う能力を持つ武将である。
その政宗が家臣となってくれるのなら、吉清としてもありがたい。
また、政宗が家臣となることで、伊達家旧臣の取り込みもしやすくなるというもの。更なる人材登用も見込める、ひと粒で二度美味しい人材だ。
考え込む吉清を見て、何かを察したのか最上義光が首を振った。
「……いや、引き合わせた儂が言うのもなんだが、土台無理な話よな……。ことあるごとに敵となった政宗を召し抱えてもらおうなんぞ、そんな虫のいい話があるわけ……」
「召し抱えるぞ!」
「なに!?」
困惑する義光とは対象的に、政宗が破顔した。
「ありがたき幸せ! この伊達政宗、殿のために身骨を砕いてお仕えいたす所存にございます!」
「……よう申した、政宗。これより、当家の家臣として力を振るってくれ」
「ははっ!」
義光を置いて木村屋敷を出ると、政宗は片倉景綱と顔を見合わせた。
「うまくいったぞ、小十郎」
「ようございましたな。木村様といえば、破格の石高をお持ちの方……。働き次第では、再び一国の主となることも夢ではございませぬ」
「甘いな。一国の主なんぞで、この俺が満足するはずがあるまい」
「なんと……では……」
「木村の元で力をつけ、今度こそ俺が天下をとるのだ!」
政宗が伊達家の当主となった時には、既に日ノ本の趨勢は決しようとしていた。
生まれる時代が遅かったばかりに、政宗は天下人になる道を閉ざされたのだ。
だが、その夢も木村家に仕えることで果たされようとしている。
(木村吉清……まったく、脇の甘い男よ……)
政宗が木村家臣になると聞き、四釜隆秀が吉清の元にやってきた。
「よいのですか!? 政宗なんぞを召し抱えてしまって……」
「何が言いたい」
「伊達政宗は油断のならぬ男……。かつてはそれがしのかつての主であった大崎殿に戦を仕掛け、己の伯父である最上様にも戦を仕掛けた狂犬にございます。
殿とて領内で反乱を扇動され、銀札のニセモノを作られたではありませぬか!
あ奴を召し抱えるなど、屋敷に盗人を招くが如き所業にございます。いつの日か、当家に反旗を翻される日が来るやも……」
「フフフ、ものは使いようよ……。まあ見ておれ」
伊達政宗が木村家の家臣になると、木村領から遥か遠くに位置する、豪州の開発を命じられた。
インド商人やアラブ商人たちにより存在こそ確認されていたものの、ろくに入植も進んでおらず、港さえない有様であった。
当然、田畑もなければ領民もおらず、政宗はゼロからの開拓を余儀なくされるのだった。
「まさか、奥州を上回る田舎に飛ばされるとは……」
領民のいないところから国を作るとなれば、途方もない時間がかかる。
また、僻地に飛ばされたため、木村家中の勢力争いに参戦することもできない。
その上、木村家の家臣はある程度の期間が過ぎたのちは、他の領地に配置換えとなることがままあるというではないか。
これでは自分の勢力基盤を固めることさえままならない。
「くそっ……こんなはずでは……」
遠く日本から離れた地で、政宗はせめてもの矜持とばかりに豪州探題を自称するのだった。
もうそろそろ完結です




