奥州
木村水軍と向かい合い、向井正綱がポツリとこぼした。
「このまま奴らと戦ってもよいものか……」
「何を弱気なことを……」
「奴らは水軍の練度も高く、毛利・小早川を寝返らせたのなら、正面からぶつかるのは得策ではあるまい。
そのうえ、我らが敗れれば江戸が無防備となるのだ。殿が上方で木村吉清を破るまで、なんとしても江戸を守らなくては……」
「では、いかがなさるおつもりで?」
海図を広げ、向井正綱は江戸湾を指差した。
大坂城に篭もる吉清の元に、関東での戦況が伝えられた。
「徳川水軍は当家の水軍と数日間睨み合ったのち、どういうわけか江戸湾に篭り守りを固めたとのことにございます」
「フフフ、以前、儂に江戸を焼かれたのが、よほど堪えたらしいの……」
笑みをこぼす吉清に、家臣からの報告が続く。
「沿岸部にもこれまで以上の大筒が備え付けられていることは察しがつきますゆえ、水軍で江戸に攻め入るのは、もはや容易ではないかと……」
水軍の練度では負ける気がしないが、相手に有利な土地となると話が変わってくる。
方や補給も陸上からの支援も得られるのに対し、方や遠征軍で物資も不足し疲労も溜まっている。
そのような状況で無闇に江戸に攻め入るのは難しいように感じた。
木村家自慢の水軍でも江戸を落とせないとなれば、残る勝ち筋は限られてくる。
大坂城で家康を打ち負かすか、
「清久率いる奥州軍が江戸に攻め入るか……」
吉清がううむと唸る。
ふいに、大坂で別れる際の清久の言葉が蘇った。
蒲生軍と合流を果たせた暁には関東に侵攻すると言っていたが……。
「清久も、どうにか徳川領にまで侵攻できておれば良いが……」
徳川方の攻撃をいなす傍ら、かつての領地である石巻へ渡った清久に思いを馳せるのであった。
その頃、清久は石巻に留まっていた。
津軽為信や松前慶広をはじめとする奥州軍を率いてはいるが、徳川領まで攻め込める道がないのだ。
対徳川の最前線である蒲生領に入ろうにも、最上と伊達がフタをする形となっているため蒲生軍と合流できず、海路を使って上陸しようにも、相馬、岩城、佐竹が中立を決め込んでいるせいで迂闊なことはできない。
また、それらを避けて上陸しようにも、一番の問題は兵站の維持にある。2万5000にのぼる奥州軍の食い扶持を維持できるだけの兵糧は確保してあるが、それを最前線まで安全に運べるかとなると話が変わってくる。
水軍の多くは高山国からの軍が率いているため、清久軍が使える水軍が少ないというのも問題であった。
「どうしたものか……」
その時、清久の脳裏にある策がよぎるのだった。
伊達政宗は蒲生領の杉目城を攻めながら、北の木村軍の動向を注視していた。
「どうであったか、小十郎。奴らの様子は……」
「……少々気味が悪いですな。このまま動きもなく、ただこちらを睨んでいるだけというのは……」
未だに動きがないという木村軍の報せを聞き、政宗が笑った。
「我らが伯父上と共にフタをしている限り、奴らは南下できん。何も心配することは──」
「──それです! 奥州木村軍を率いているのは、最上様の娘を娶られた清久殿……。
ここまで時間がかかっていたのは、最上に調略をかけていたからなのでは……」
「ありえんな。羽州の狐などと呼ばれているが、伯父上は案外情に厚い方だ。昵懇の間柄である徳川様を裏切ることなどあるまいて」
「……………………」
片倉景綱の進言を戯言と聞き流す政宗。景綱の胸中に何とも言えない不安がよぎるのだった。
最上家中では木村家と親しくしている者も多く、清久は最上と交渉する機会を得ることに成功した。
木村と最上、双方に縁があり、なるべく中立な場所で交渉を行なうべく、大崎領内の寺にて行われることとなった。
ずかずかと歩く最上義光を止めるように、最上家臣が腕を掴む。
「殿! どうか今一度、お考え直しください!」
「止めるな。……第一、お主らがけしかけたのだろうが。この戦は木村が勝つゆえ、今から工作をしろと」
「しかし、殿自ら交渉の場に出向くなど、聞いたことがございません!」
「此度の話し合い次第で、この戦の趨勢は大きく変わるのだ。そのような大事な時に儂が出向かんでどうする」
廊下から響く聞き覚えのある声に、清久が息を呑んだ。
「義父上……?」
思わず清久が襖を開けると、案の定、義光と目があった。
「義父上と呼ぶでない! ……今は、我らは敵同士よ」




