開戦
真田昌幸が大坂城に入った次の日、徳川軍が大坂城に到着した。
家康率いる本隊、中山道で昌幸に足止めされた秀忠軍、合わせて10万近い兵が城を包囲する。
大坂城の天守から辺りを見回し、吉清が思わず声を漏らした。
「なんとまあ、随分と集まったものよ……」
戦の匂いを肌で感じながら戦場を見渡していると、小姓の浅香庄次郎がやってきた。
「殿、徳川軍より降伏勧告が届いております」
内容を確認すると、
『木村家の本領を安堵するゆえ、軍を退いてほしい。秀頼様のお膝元を戦場にするのは、豊臣家臣として忍びない。
また、徳川に敵対した他の大名も同様に本領安堵とする』
といったことが記されていた。
「いかがなさいますか?」
「軍を退くとかなんとか適当なことを言って、できる限り時を稼げ。その間にこちらは守りを固める」
「はっ!」
時間稼ぎをする傍ら、大坂城の南側では防衛設備を築くべく工事が行なわれていた。
土を掘り返して堀を深くし、そこから出た土で出城を築き上げる。
工事の監督であり南側守備隊の大将である真田昌幸は、家臣からの報告を聞かされた。
「なに? 柵に使う木材が足りぬだと!?」
急な籠城とあって、物資が不足することは予想できたことである。
これが自分の城であったなら、適当な倉やら施設を壊して建材を確保するのだが、秀頼のお膝元である大坂城となると話が変わってくる。
昌幸がううむと頭を悩ませていると、真田軍の指揮下に入った木村家臣、大道寺直英が現れた。
「それでしたら、ご心配なく。大坂の町に入った際に徴収した木材と竹がございます」
大道寺直英が指示を出すと、しばらくして、木村家臣たちが城の奥から建材を持って現れた。
「おお、なんと頼もしい……。大道寺殿は木村様の元で多くの建築を行なってきたと聞くが、噂に違わぬ働きぶりよ……」
「それがしこそ、築城の名手と名高い真田様の腕前を間近で拝見でき、光栄にございます」
大坂城が徳川方に包囲されて5日が経過した。
この間も降伏するという名目で城攻めを引き伸ばしていたが、ここにきて限界が近づいていた。
徳川方から使者がやってくると、焦った様子でまくし立てる。
「木村様が速やかに退去されぬおかげで、殿はカンカンにございます。……本日中に降伏しないのなら、力づくで城を攻め落とすと……」
家康の様子を聞き、吉清がほくそ笑んだ。
その場に同席していた真田昌幸に向き直る。
「真田殿、敵を迎え撃つ準備は整ったか?」
「十全とまではいきませぬが、相手にできるだけの備えは固めております」
使者に向き直り、吉清が堂々と宣言をした。
「家康に伝えてやれ。
お主らが悠長なことをしてくれたおかげで、こちらの支度が整った。存分にもてなしてやるゆえ、どこからでも参られよ、とな」
吉清からの返答を聞いた家康は激高した。
「おのれ……木村吉清め……」
だが、吉清がこうも挑発的に交戦の意思を顕にしたことは、家康としても僥倖だった。
元より、徳川方がすぐさま攻城戦に移らなかったのは、秀頼の居城である大坂城に攻め入ることに豊臣恩顧の大名たちが難色を示したからであり、交渉期間中に彼らを説き伏せるためであった。
そこに、木村吉清が挑発してくるのなら、家康としても豊臣恩顧の大名たちを説得しやすくなるというものである。
案の定、木村吉清からの返答を聞いた加藤嘉明が驚きを見せた。
「木村殿が、そんなことを……」
「ここまで来たからには、大坂城に攻め寄せる他あるまい……。何より、秀頼様を人質に立て篭もる木村を、野放しにできまいて」
「ううむ……」
元より、秀頼の居城を攻めることに消極的な者が多かったのだ。
木村吉清が降伏せず、それどころか挑発までしてくるとあれば、下手に出てやる理由はない。
そうして豊臣恩顧の大名たちを説得すると、大坂城への攻撃が始まるのだった。
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