残された者
徳川方に寝返った京極高次の居城、大津城を開城させ、接収を始めている時のことだった。
関ヶ原の地で大坂方が徳川方に敗れたと聞き、立花統虎が動揺した。
「その話、間違いないのか? 虚報では……」
「……総大将であった木村宗明様は、既に退却を始めました。石田様や小西様は逃亡を図り、大谷様は討ち死にしたと……」
「なんということだ……」
「すでに徳川方は石田様の居城である佐和山城、長束様の居城である水口岡山城に攻撃を始めたとのことにございます」
「ここに来るのも時間の問題だな……」
攻め落としたばかりの大津城に籠城するという手もあるが、戦の直後ということもあり、城壁や城門には多くの傷が残されている。
補修も終わっておらず物資も足りない今、大津城に籠城するのは得策ではないような気がした。
それならば、一度大坂に戻り体勢を立て直した方がいいかもしれない。
流石に二月も経っているのだ。高山国を発った木村吉清が大坂に入っていてもおかしくない。
木村方の武将として立花統虎と共に大津城の攻略を命じられた荒川政光との協議の末、大津城攻略組は大坂に向かうこととなった。
そうして大坂城に到着すると、一足先に大坂に到着しているらしい一団が目にとまった。
旗に描かれた、丸に十字の家紋には見覚えがある。
「島津殿……」
立花統虎の声に気がつくと、島津義弘が振り向いた。
「立花殿か……」
島津といえば大坂方の一員として関ヶ原で戦っていたはずだが、いち早く大坂に戻っていたらしい。
立花、島津両軍の間に緊張が走った。
立花家臣が統虎にそっと耳打ちする。
「見たところ、島津は逃げるのに精一杯だったようで、兵も僅かしか残っておらぬ様子……。今こそ島津を討つ好機にございます」
「……………………」
島津義弘は立花統虎の実父である高橋紹運を討った仇敵である。
そうでなくとも、秀吉の九州征伐までは両家は敵対関係にあり、豊臣軍が九州に上陸してくるまで、戦に明け暮れた仲である。
両者共に大坂方についたとはいえ遺恨も根深く、関ヶ原での敗戦の混乱も収まっておらず、今の統虎を止められる者はいない。
「いまこそ島津義弘を討ち、亡き父君の無念を晴らしましょう」
なおも進言する家臣に、統虎は首を振った。
「……いや、敗軍の将を討つのは武家の誉れにあらず。……このような形で仇を討ったとて、父上も喜びはしないだろう」
「殿……」
呆然とする家臣を置いて、立花統虎が歩み寄った。
「兵が少なくては、何かと危険も多いでしょう。よろしければ、我らからいくらか兵を都合しますが」
「立花殿の申し出、かたじけなか……。じゃっどん、そん心配も無用なようじゃ」
島津義弘が指差す先。
大坂湾の遥か水平線から、何かが迫ってきていることに気がついた。
膨大な数の船団。その帆には、見覚えのある家紋が描かれている。
「あれは、木村殿か……!」
吉清率いる高山国軍が大坂に到着すると、すぐさま兵の上陸や荷の積み降ろしが始まった。
それらの差配を家臣の前野忠康に任せ、吉清は立花統虎から現状の説明を受けていた。
大坂で挙兵したと聞き、家康がすぐさま反転してきたこと。
攻め寄せる徳川方を放置していては、木村軍の本隊が大坂で待ち伏せを受けていた可能性があったこと。
それらを防ぐべく、関ヶ原の地で一大決戦に臨んだこと。
一連の話を聞かされ、吉清が絶句した。
「なんということじゃ……」
海上で情報が得られるはずもなく、直前の寄港地であった土佐でも畿内の正確な情報は得られずにいた。
吉清が不在の間に、畿内ではこれほど劣勢に追い込まれていたとは……
吉清が呆然と立ち尽くす中、立花統虎が向き直った。
「我ら立花軍2000に加え、大坂城に残った木村軍5000、荒川政光殿率いる木村軍5000。加えて、木村殿率いる5万がいれば、十分徳川と戦えます。ここは大坂城に篭り、徹底抗戦と致しましょう!」
「よう申された! 関ヶ原にて大坂軍の大半が敗れたと聞いたが、立花殿の戦意も高いようで一安心じゃ」
立花統虎と両手で握手する中、ふと島津義弘に目を向けた。
「島津殿も我らと共に大坂城に篭り、戦って下さいますかな……?」
遠慮がちに尋ねる吉清に、島津義弘は自嘲するように笑った。
「あいにくと我が軍は兵もほとんど残っちょらん。関ヶ原では、徳川に島津の矜持のなんたるかを見せつけてやったでな」
「そうか……」
島津軍も消耗し、島津義弘自身に戦意がないというのなら、このまま大坂に残って戦ってもらうのは難しいかもしれない。
吉清の声が沈む中、島津義弘が続ける。
「……じゃっどんな、俺の胸が踊っとじゃ。
太閤ん築いた世は太平ん世であったが、どっか戦国ん熱が燻っちょった。
此度ん戦いは、単なる豊臣家臣同士ん諍いじゃなか。
応仁ん乱より始まった戦国乱世に終わりを告げる、天下分け目ん大戦じゃ。誰も彼もが己ん武を見せつけんな、こん大戦に身を投じようとしちょっ。
そげな戦いから島津が降りたとあっては、島津ん名が泣こうど!」
「では……」
期待を膨らませた吉清に、島津義弘がニヤリと笑った。
「生涯最後の戦が天下分け目ん戦いとは、長生きはしてみるものよ……!」
「島津殿……!」
吉清が島津義弘の手を握ると、義弘もまた吉清の手を固く握るのだった。
大谷吉継が討ち死にした中、なぜ島津義弘が生き延びたのか。
その理由を簡潔に表すのなら、「島津だから」の一言に尽きるでしょうね。
面白かったと思ったら、ブクマや評価をして頂けると励みになります。




