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九戸城攻城戦

 木村軍が奥州再仕置軍に合流すると、仕置軍は南部領へ向けて北上した。


 九戸勢の前線基地である、姉帯あねたい城、根反ねそり城を攻略すると、残るは九戸政実の篭る九戸城のみとなった。


「政実が引っ込んでしまいましたな」


 吉清の言葉に、氏郷が頷いた。


「こちらは10万の軍がいるのだ。ひねり潰してくれるわ」


 仕置軍は城を包囲すると、強攻を開始した。


 九戸城は東西北の三方を川に囲まれた、天然の要害であった。


 数に勝る仕置軍は、四方を完全に包囲すると、攻め口のある南側から攻撃を仕掛けた。


 しかし、九戸城は豊臣軍の予想を上回る堅城であった。


 狭い攻め口に、九戸の精兵5000の守る堅固な山城。


 10万の兵をもってしても、あまりの堅さに攻めあぐねていた。


 すぐに攻め落とせると思っていた諸将の間に苛立ちが広がった。


 もとより、寄せ集めの軍である。

 指揮系統に歪みが生じたり、過去のいさかいで仲の悪い者も少なくなかった。


 争いが起こるたびに、浅野長政や蒲生氏郷が調停に乗り出しているのだった。


 また、予想を越える長陣に、仕置軍の兵糧が不足し始めていた。


「あれだけあった兵糧も、残るはもうこれだけか……」


 明らかに目減りした兵糧を眺め、蒲生氏郷が呆然とつぶやいた。


「それがしの領地に蓄えがございます。先ほど使いを出しましたゆえ、じきに兵糧が届くかと」


「助かる。木村殿がいて、これほど心強いと思ったことはないぞ!」


 元々、樺太開拓のために蓄えた米だったが、奥州再仕置軍が瓦解してしまっては、自身にも責任が及ぶかもしれない。


 吉清は自分の保身に関しては行動が速かった。


(兵糧代は後で長束殿に立て替えてもらおう)


 そんなことを考えつつ、包囲は続いた。


 一向に落城する気配を見せない九戸城に、業を煮やした将たちが軍議を開いた。


 将たちが疲れを見せ始めている中、蒲生氏郷が口を開いた。


「落城は時間の問題です。木村殿のおかげで兵糧の不安はなくなった。……となれば、あとはいかようにも料理できましょう」


「しかし、もう秋だぞ。兵たちも帰りたがっている」


 佐竹義重の言葉に、他の将も頷く。


 秋は収穫があるため、通常戦は行わない。金で雇われた兵であれば話は別だが、ここにいる兵の多くは農民だった。


 また、冬になればこの辺りには大雪が降ることになる。現代日本と違い、この時代の雪害対策は十分ではない。


 雪によって物流が麻痺してしまえば、10万の軍は陸の孤島に取り残されることになるだろう。


 10万の軍をもってしても、5000の守る城を攻め落とせなければ、豊臣の威信は地に落ちることになる。


 そうなれば、再び戦乱の世に戻ることさえ考えられた。


 厭戦ムードが蔓延した中、吉清が手を挙げた。


「降伏を勧告してみてはいかがでしょう」


「政実とてバカではない。冬になれば我らが不利になることくらいわかっていよう。そんな状況で降伏など飲むだろうか?」


 上杉景勝の言葉に、吉清が頷いた。


「さよう。しかし、辛いのは政実も同じ。このまま城に篭っても、城で冬を越さねばなりませぬ。よしんば、我らを退けたとて、残るは荒廃した領地。


 そうなれば信直殿に抗うだけの力も残されておらず、政実、実親の悲願である南部宗家継承もつゆと消えましょう。


 ゆえに、降伏する可能性は十分にある。『降伏すれば命は助け、大軍を相手に奮戦した功により、所領を安堵する』とでもしたためれば、政実の心も動きましょう」


 三成が「なるほど」といった様子で頷いた。


「問題は誰に使者を任せるかだが……」


「九戸氏の菩提寺である、鳳朝山長興寺の薩天和尚が適任でしょう。薩天和尚は政実とずいぶん親しい間柄と聞いております」


 吉清の演説が終わると、諸将の目が、一斉に奥州再仕置軍の総大将、豊臣秀次に向けられた。


「吉清の案を採用する」


 数日後。九戸氏の菩提寺である、長興寺の薩天和尚を降伏の使者に送ることとなった。


 それからまもなく、九戸政実は降伏した。


 助命と引き換えに降伏した政実であったが、約束が守られることはなかった。


 豊臣に逆らった見せしめのため。豊臣の力を見せつけるため。


 政実、実親ら主立った首謀者は処刑されることとなった。


 この九戸政実の乱終結をもって、大きな反乱もなくなり、秀吉の天下統一は完了したのだった。


 政実の首が斬り落とされると、吉清は静かに手を合わせた。


 九戸政実の敗因は、日ノ本の情勢を見れなかったことにある。


 津軽為信は、南部家の内紛に乗じて領地をかすめ取る形で独立を果たした。


 南部信直は、同じく後継者争いをしていた九戸実親を退け、半ば強引に南部家当主の座についた。


 両者に共通していることは、いち早く小田原に参陣し、秀吉に臣従したことにある。


 先んじて九戸実親を南部家当主として上洛させていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。


 家中の掌握に遅れを取ったとしても、秀吉に信直が南部の当主であるのは間違いなのだと。実親こそが本当の当主なのだと喧伝すれば、情状酌量の余地があるとして、他の領地を充てがわれていたかもしれない。


 九戸一族の未来は、起こりうる最悪の結末となってしまったのだ。


 自分とて、何か一つ間違えれば破滅の未来を辿っていたかもしれないのだ。


 九戸一族の悲劇が他人事とは思えず、吉清は瞳を閉じて静かに彼らを悼んだ。


「南無阿弥陀仏」


 そうつぶやく吉清の隣で、蒲生氏郷が小さくつぶやいた。


「アーメン」


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― 新着の感想 ―
[一言] 九戸政実の乱はあっという間に鎮圧された気がするんだが別次元の記憶ですね。 降伏条件破りが多いのは最後だから気にする必要が無いのも大きいでしょう。
[一言] ある意味、最高のタイミングで兵糧を売りつけれましたな。収穫前で一番高い時に、値段をある程度気にせず買ってくれる切羽詰まった軍隊に売りつけるとは。後は、米の値段が一番安い収穫終わってすぐの時期…
[一言] あれ、吉清って仏教徒だっけ
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