博多→鍋島領 肥前
関門海峡にて木村水軍を打ち破った毛利軍では、陸に漂着した木村兵の捕縛や使える物資の鹵獲に勤しんでいた。
そんな中、毛利軍の大将、毛利秀元は家臣から耳を疑う報告を受けた。
「なに? 船の数が少なすぎるだと?」
「はっ、それどころか船にはろくに物資が積まれておらず、ほぼ空船であったと……」
「……………………」
聞くところによれば、木村吉清は大量の兵を送り込むべく高山国に戻り、船を率いてきたはずだ。
陸で運用するための大量の兵。長期の航海に耐えうる食料や水。戦に使う火薬や砲弾。
それらを積載していてもおかしくない。というより、積んでいないとおかしいのだ。
それなのに、ろくな物資も積まず関門海峡を通過しようとは、いったい何を考えているというのか。
考え込む毛利秀元の元に、家臣の一人が息を切らしてやってきた。
「た、大変にございます! 木村水軍の船に乗せられていた者の多くは、毛利や小早川の水夫にございます!」
「なっ……」
玄界灘の戦いで毛利・小早川水軍を打ち破った木村軍が、両軍の水夫たちを捕虜にしたのだろう。
なぜ木村兵ではなく毛利兵や小早川兵が乗っているのか。なぜ積荷がほとんどないのか。
これらの証拠が導き出す答えは、ただ一つ。
「木村吉清は、こちらが関門に罠を敷いていることを知っていたというのか……?」
今回の策は、毛利、徳川、上杉しか知らないはずである。
毛利の分家である吉川や小早川にまで秘密にしていたのだ。
敵は元より、味方でも限られた者しか知り得ぬ情報。
それを、木村吉清はどうやって知り得たというのか……
「申し上げます! 黒田如水が木村方に寝返り、小倉城を攻め落としたとのことにございます!」
「なに!?」
ということは、まさか……
使者からの報告で、すべての点が繋がった。
「黒田如水か……!」
毛利の味方のフリをしていた黒田如水は、毛利領内に大量の間者を送り込み、関門に罠があることを突き止めた。
それと同じく、小倉からの救援要請をすべて封じたのだ。
まんまとしてやられたことに怒りを覚えつつも、恐るべき手腕の持ち主に感心さえ覚えてしまう。
「これが太閤殿下に恐れられた男か……」
博多で亀井茲矩率いる亀井軍と別れると、木村軍は鍋島領肥前に戻った。
急な寄港にも関わらず迅速な補給の手配に、吉清としても頭の下がる思いだった。
吉清が厚く礼を言うと、
「木村様が毛利水軍を破って下さったおかげで、多くの毛利・小早川軍が撤退していきました。礼を申し上げたいのはこちらの方です」
と、逆に礼を言われてしまった。
そうして佐賀の町で一息ついていると、鍋島家臣が新たな戦況を伝えにきた。
「黒田如水が小倉城を落としたとのこと。それを聞きつけた毛利秀元が関門から軍の一部を動かし、小倉に向かわせているとのことにございます」
「そうか」
当初、北九州での戦いは酷いものだと聞いていた。
しかし、フタを開けてみれば黒田如水が寝返ったことにより、毛利の動きを大いに撹乱してくれている。
「島津殿からは北九州は激戦地と聞いていたが、この様子なら心配はいらぬな」
「はっ、それでは、我らは早急に大坂を目指すとしましょう」
前野忠康が頷くと、吉清が席を立った。
そうして、鍋島領にて補給を済ませたのち、木村軍は島津領薩摩、長宗我部領土佐を経由して大坂を目指すのだった。




