普請
木村家の石高が700万石に高直しされたことで、家康はさらなる窮地に追い込まれていた。
「聞いてないぞ、こんなこと……。木村の石高が700万石もあるなどと……」
「今の木村は、間違いなく日ノ本一の大大名……。迂闊に敵に回せばどうなることか……」
毛利輝元と上杉景勝が口々に不安を述べる。
「やれやれ……毛利殿や上杉殿ほどの方が、それしきのことで騒ぎなさるな」
「しかし……」
「木村が700万石もの石高を持っていようと、木村の領地はほとんどが海外にある。日ノ本まで軍を進めるのは、どうしても時がかかろう」
高山国から畿内に軍を進めるだけで、少なくとも一月はかかるだろう。
農兵の徴兵や軍備を整える時間も加味すれば、さらに半月はかかるだろう。
高山国で軍を集めるだけでこの有様なのだから、ルソンや他の領地から兵を集めるのだけで相当な時間がかかるはずだ。
「しかし……三毛作を行っているとはいえ、700万石というのは……」
「それじゃ。その三毛作が木村の首を締めておるのよ」
ここ数年で急速に発展を遂げた高山国は、畿内や関東ほどの人口を抱えるに至っていない。
石高に対して人口が釣り合っていないことは容易に想像できた。
また、一年に三回の収穫を行なう木村領では、農民たちは一年で三年分働いている計算になる。
農民一人あたりの単位収穫高は、他家の三倍。
なまじ生産力が高いがゆえの自縛。
ただでさえ遠征に不向きな領地では、長期戦になればなるほど木村は自慢の国力を落としていくことになるのだ。
「提出された高直しには、木村が新たに開拓を始めたという荒須賀や喋里屋の名はなかった。……おそらく、まだ植民を行っている段階で、採算が取れていないのであろう」
「おお、それならひと安心じゃ」
毛利輝元がほっと息をつく。
荒須賀や喋里屋も放っておけば木村の国力を増す礎となるだろうが、まだ投資の段階なのだ。
木村の豊かな経済力を吸い上げてくれている間は、むしろ都合がいい。
「今は木村の金を食っているからいいものの、開発が軌道に乗れば木村の富は増々増えていくぞ……」
上杉景勝の声が小さくなる。
「そうなる前に、木村を叩かねばならんな……」
とはいったものの、木村の力は強大となった。
戦では二度も和睦を結ばされた相手だ。
正攻法では勝ち目は低い。
だが、木村の力を削ぐ方法ならいくらでもある。
「木村には、さらに金を出させるとするか……」
数日後。吉清の元に新たな命令が下された。
「大坂城、伏見城の改築に、畿内各地の寺社の普請をせよじゃと!?」
五大老からの命令を伝えにやってきた榊原康政が頷く。
700万石の大大名となった木村家の国力であれば、これくらいの賦役になると判断されたのだろう。
だが、それにしても多すぎる。
抗議を上げんと南条隆信と四釜隆秀が声を張り上げた。
「いくら大老の命令とはいえ、あまりに横暴じゃ!」
「左様! 当家は先の戦の傷も癒えておらぬというのに、なんという仕打ちじゃ!」
口々に榊原康政を非難する木村家臣たち。
そんな中、吉清が深々と頭を下げた。
「謹んで、お受けいたそう」
榊原康政が居なくなると、南条隆信が吉清に詰め寄った。
「殿! なにゆえ引き受けられたのですか! あれはどう考えても家康の嫌がらせにございます! もはや黙って家康の言うことに従うような当家ではありますまい!」
「左様! 我ら家臣一同、徳川との一戦も辞さぬ覚悟にございます!」
吉清は笑った。
「思い出すのぅ……儂が初めて奥州の地を治めることになった時のことを……」
着任当初、吉清が最初に行なった事業は、石巻の地に港を築くことだった。
最初は不作に喘いでいた領民を救済するための公共事業だったが、葛西・大崎の旧臣たちが反乱を起こしてからは、従事していた領民たちをそのまま即席の兵に仕立て上げたのだ。
その時のことを思い出し、四釜隆秀の顔が驚愕に歪んだ。
「まさか……」
四釜隆秀の予想を肯定するように吉清が頷く。
「何かあれば高山国からも兵を連れて行くが、それだけではあまりに時間がかかり過ぎる……。普請のために人足を雇うというのなら、家康も難癖をつけられまい。……畿内に兵を置く、良い口実ができたわ」
ニヤリと笑みをたたえる吉清に、家臣たちはすぐさま普請の準備にとりかかるのだった。




