不穏
南部が代替わりした不安定な時期を見計らったように、南部領で不穏な噂が聞こえてきた。
元々、南部領は寒さが厳しいこともあり、稲作に不向きな土地であった。
そんな中に重税が課されていたのもあり、南部家はたびたび一揆に悩まされていた。
ここにきて代替わりしたとあって、地侍たちが大規模な一揆を企てているとの噂が流れたのだ。
南部領で一揆が発生すれば、隣接する木村領とて他人事ではない。
周辺に不安が波及する前に鎮静化に務めなければいけないのだが。
「…………それ、儂が行かないといけないのか?」
吉清に話を持ってきた浅野幸長に尋ねる。
「こういうのは、現地の者に任せればよいのではないか? そのために家老やら奉行を置いておるのだし」
「南部家は木村の与力を担う大名にございます。その南部の屋台骨が揺らいだとあっては、木村様の責任も問われるかと……」
責任。吉清の最も嫌いな二文字が、ずしりと胸にのしかかる。
「…………それはイヤじゃな」
吉清が自身の旗艦である富嶽に乗り込もうとしたところで、清久が駆け寄ってきた。
「お、お待ちください!」
「なんじゃ」
「これは罠です! 徳川様が父上を帰国させるべく、仕組まれたのです! 父上も、国元へ帰国した利長様がどうなったかご存知でしょう……!?」
前田利長は家康と和睦を結び、従属こそ避けられたものの、結果的に大きく影響力を失う形となった。
独力で家康に対抗できず、木村が主導して戦や交渉を進めたことで、諸大名から反徳川の急先鋒が前田から木村へ移ったと思われたのだ。
「それがどうした。当家は前田とは違う」
「しかし…………これではみすみす負けに行くようなものにございます!」
「……そうかもしれぬ。……だがな、儂はここに至るまで、できるだけのことをしてきた。国を富ませ、領地を拡張し、周辺の大名と懇意にしてきた。今、そのすべてをぶつける機会を得たのよ」
「それでは……」
「うむ。儂は家康と雌雄を決するつもりでおる。家康が望むと望まざるとな……」
「父上……」
「安心しろ。ただで負けてやるつもりはない。最悪でも痛み分けにしてやるわい」
吉清の決意が固いと知り、清久は言葉を失った。
「大坂や京の屋敷は、利長殿や秀行殿に任せておけ。紡や側室、それと子供たちも、利長殿に任せよう。あ奴らなら、悪いようにはすまい」
黙って吉清の話を聞いていた清久が、意を決した様子で吉清を見つめた。
「父上! 私も奥州に行きとうございます!」
「清久……」
「未だ未熟者なれど、私にも意地というものがあります。どうか、父上と共に戦わせて頂きとうございます!」
決意に満ちた瞳が吉清を射抜く。
一瞬気圧されるも、吉清は首を振った。
「……気持ちはありがたいが、その必要はない」
「…………やはり、私では足手まといとなりますか……」
清久がしゅんとした様子でうなだれる。
「いや、そういうことではないのだ。儂はこれから──」
吉清の言葉を聞き、清久が耳を疑った。
「は!?」
「急に大声を出すでない。耳が潰れるかと思うたわ」
「で、では、父上は……」
「……もう船の時間じゃ。お主は万が一のことをを考え、高山国へ行け」
清久の言葉を最後まで聞かず、吉清は船に乗り込むのだった。




