一栗高春
この日、亡くなった一栗放牛の息子である一栗高春が吉清の元を訪れた。
挨拶もそこそこに、一栗高春が詰め寄る。
「殿、なぜそれがしに父上の職を引き継がせてはくださらぬのですか!」
「お主の父、放牛は武将として十分な経験を積んでおった。そう判断して、家老に任じただけのこと……。お主を家老に任ずるか決めるには時期尚早じゃ」
「父上が頂いていた俸禄を引き継げておりませぬゆえ、生活も苦しくなるばかり……」
「お主にも俸禄は出しておるし、一栗家が代々治めていた土地は、お主に継承させたであろうが」
「しかし……」
なおも食い下がる高春に、吉清は顔をしかめた。
ここ数日、毎日押しかけては同じ問答を繰り返している。
放牛の息子ゆえ大目に見ているが、そろそろ我慢の限界も近い。
「で、では、それがしに新たなお役目をお命じくだされ! 必ずや殿のご期待に応えてみせましょう!」
「今すぐにと言われても出て来ぬわい。こちらにも事情というものがある」
吉清が断ると、高春は肩を落とした。
目に見えてショックを受けた様子の高春に吉清がフォローする。
「そう焦らずとも、新たに人が必要になれば声をかける。それで良いではないか」
「されど……」
「とにかく、この話は終いじゃ」
それだけ言い残すと、吉清は席を立った。
小さくなる吉清の背中を眺め、一栗高春は声にならない言葉を残した。
……小早川や宇喜多の旧臣には新たな役目を申し付けたというのに。
一栗高春と入れ違いに、木村家の屋敷に前田利長がやってきた。
ようやく徳川との講和や後処理が終わったとのことで、その礼を言いに訪れたのだという。
「今回は世話になった。改めて礼を言わせてくれ」
「当家は前田と縁続きじゃ。前田を見捨てたとあっては、末代までの恥! 力を尽くすのも当然のことじゃ」
「木村殿……!」
感極まった様子で声が震える。
今回の相手は日本最大の大名である徳川を相手にしたものである。
言うは易いが、実際に行動に移すとなると難しい。
現に、同じく前田と縁戚関係にある宇喜多や蒲生、細川でさえ、実際に軍を送らなかったのだ。
蒲生騒動の時といい、改めて木村吉清が義に厚い武将であると思い知らされる。
ましてや、今回の加賀征伐は木村吉清が主導権を握ったと言っても過言ではない戦いだった。
高潔な志とそれを実行に移せるだけの力を持った木村吉清が、今後台風の目となることは間違いない。
だからこそ、利長は忠告せずにはいられなかった。
「……和睦の条件として徳川の軍は解散したが、徳川に同心して挙兵した者の軍は、未だ畿内に留まっておる。
次に前田と同じように徳川に難癖をつけられれば、今度はすぐにでも10万の軍を集めてこよう。
我が前田も木村殿に協力は惜しまぬが、用心に越したことはない。木村殿も、十分注意して……」
「ああ、そのことなのじゃがな……。次に当家が攻められた折は、援軍は出さずとも良い」
「なっ……」
耳を疑う言葉に、利長が絶句した。
「木村殿は、独力で徳川と渡り合おうとしているのか!?」
無茶だ。あまりに無謀だ。そう言おうとしたところで、木村吉清が制した。
「儂とて、何も無策でやり合おうなどとは思っておらぬ。……ただ、前田殿は上方や国元の備えを固めた方が、儂としては都合が良いのじゃ」
「木村殿がそう言うのなら……」
利長はしぶしぶといった様子で頷くのだった。




