その後
慶長3年(1600年)4月。徳川が全面的に非を認める形で和睦が成立すると、木村水軍が江戸湾から撤退を開始した。
元々水軍を駐屯させてもらっていた宇喜多領にまで戻ると、清久は預かっていた人質を開放した。
「徳川様にお伝えくだされ。当家の目の黒いうちは、豊家の天下は揺るがぬということを」
「……しかと伝えましょう」
榊原康政が頷くと、伏見の徳川屋敷へ去っていった。
康政の背中を見送り、吉清は勝利の余韻を噛み締めるように清久の背中を叩いた。
「清久、言うようになったではないか」
「いえ、太閤殿下の家臣として当然のことをしたまでです」
「そこは儂の息子としてじゃろうが」
吉清が小突くと、清久が笑みをこぼした。
戻った榊原康政、大久保忠隣から話を聞き、家康は神妙な顔をした。
「木村め……やはり儂の前に立ちはだかるつもりか……」
「殿、これからどうなるおつもりですか……?」
「ふん……そんなもの決まっておろう」
手の中で弄んでいた扇子を、家康はぐしゃりと握りつぶした。
久方ぶりの平穏が訪れた大坂の町を見渡し、清久はほっと息をついた。
「これで徳川様は大人しくなるでしょうか……」
「まさか。これから始まるのよ」
吉清の口振りに不穏な物を感じつつ、尋ねずにはいられない。
「……何が始まるのですか?」
「徳川と当家の戦じゃ」
清久の背筋がぞくりと震えた。
嵐が起こる直前の、さざなみ一つない、鏡のように澄んだ水面。
その姿が、平穏が訪れた大坂の町と重なるのだった。
伏見の屋敷へ戻った家康は、敗戦の処理をすると共に、次の戦に備えて軍備の拡張を進めていた。
「木村との戦は避けられぬ。至急、水軍の増強と沿岸の守りを固めておけ」
「はっ!」
慌ただしく駆け回る家臣たちを眺め、家康は誰にともなく一人ごちた。
「……木村を倒さねば、徳川の天下はありえぬからの……」
次なる敵を木村吉清に定め、家康は策を練るのだった。
おまけ
吉清「それにしても、よく徳川から人質を取ろうなどと思いついたな」
清久「はっ、父上ならどうするか考えたら、自然と……」
思わず吉清から笑みがこぼれた。
吉清(子は親の背中を見て育つというが……。ふふ……清久も、儂の背中を見て大きくなっているということか……)
しみじみと頷く吉清に、清久は
清久(父上なら、騙し討ちくらい平気でしそうだからなぁ……。人質くらい取っておかなければ、安心して講和できないぞ……)
と考えるのだった。




