加賀征伐 2
吉清、清久が不在となったことで、大坂の木村屋敷には宗明が残された。
ひっきりなしに訪れる諸大名からの抗議やご機嫌伺いに、宗明は早くも辟易していた。
「ああ……胃が痛い……」
宗明の一存では答えられないものや、自分の権限から逸脱した問答を迫られ、内心かなり気が滅入っていた。
明らかに、自分では荷が重すぎる。
「義父上でも義兄上でも、どちらでもいい……。早く帰ってこないものか……」
痛む腹をさすりながら、宗明は次の客の相手をするのだった。
清久を加賀に送り、宗明には大坂の留守を任せた吉清は、前田家の屋敷を訪れていた。
徳川家と戦争状態となっていることもあり、屋敷は騒然としていた。
かつての伏見騒動を思わせる戦仕度を始めており、櫓や柵が築かれ、一種の砦のような様子に変わっていた。
また、屋敷には前田の親戚筋である蒲生、細川、宇喜多が派遣した護衛たちが固めており、いつ敵が攻め寄せてもいいように、万全の守りを固めていた。
そんな厳戒態勢の中、訪れた木村吉清の言葉にまつは耳を疑った。
「…………いま、なんとおっしゃいましたか?」
「前田家当主、前田利長様のご母堂であらせる、まつ様をさらいに参りました」
あまりにも場違いな答えに、まつがしばし目を瞬かせた。
「…………何か気遣いをしてくれているようですが、こう見えて味方は多いのです」
庭先を指すと、武装した細川や宇喜多の兵が歩いているのが見える。
吉清が笑みを崩し、顔を強張らせた。
「しかし、徳川家康は何をしてくるかわからぬ男……万全を期して、より安全な場所へ移られた方がよろしいかと……」
吉清の言葉にまつが考え込んだ。
徳川家康は、あの夫がついぞ倒せなかったという敵なのだ。
用心するに越したことはないというのはわかるが、吉清には何か考えがあるということか。
「…………では、どこだと仰るのですか? ここより安全な場所というのは」
吉清がまつを連れてきたのは、亡き秀吉の正室、北政所のところだった。
政治にこそ関わらないものの、今なお豊臣恩顧の大名たちから尊敬を集めてやまない。絶大な影響力を持つ人物であった。
また、まつとは親友同士ということもあり、戦禍を避けるためと説明すると、快く滞在を許してくれた。
まつを北政所のところへ預けると、木村家から御宿勘兵衛を護衛につけた。
さらには、蒲生、細川、宇喜多も護衛をつけてくれるとのことで、うかつに手を出せないよう抑止力とした。
(もっとも、今この状況で前田、木村、蒲生、細川、宇喜多を同時に敵に回そうとする者などおらぬだろうがな……)
前田家の縁者をあらかた安全なところへ預けたおかげで、まつを人質に取られ、無理やり講和の席に座らせられることはなくなった。
「後顧の憂いもなくなり、これで一安心ですな」
真田信尹がほっとした様子で息をついた。
「いや、まだじゃ」
「えっ!?」
「この戦い、長引けば長引くほど前田が不利になるぞ」
清久から送られた情報によると、前田の兵力は領内に総動員をかけたとして5万。清久が6千の兵を率いているため、早々に降伏することはないだろうが、それでも家康が集めている兵には到底及ばない。
どういう手を使ったのか、家康は豊臣恩顧の多くの大名を従え、既に10万近い兵を用意させていると聞く。
浅野長政や長束正家を除く奉行たちにも出陣を命じており、加賀征伐のため東国中の大名を味方につけているようである。
対する前田は総力戦の様相を呈しており、長期戦になれば前田が不利になることは明らかであった。
また、前田の領国が雪国であることも大きい。
日本屈指の豪雪地帯である日本海側に位置する前田領は、多い時で人が埋まるほど雪が積もるのだという。
間もなく12月ということもあり、雪が降るのは時間の問題だ。
ひとたび雪が積もれば陸上交通は完全に麻痺してしまうため、前田の領内は完全に機能停止に陥ってしまう。
「せめて冬でなければ良かったのじゃがの……」
「徳川様も、雪で身動きが取れないのをわかってて……」
真田信尹が悔しさを堪えるように歯を食いしばった。
「この戦、どうやっても前田に勝ち目はない。……となれば、どうにか徳川と和睦を結ぶほかあるまい」
「しかし、徳川様にしてみれば、前田はまな板の上の鯉。……はたして和睦など応じるのでしょうか……?」
「応じるさ。儂がそうさせる」
自信満々に言ってのける吉清に、真田信尹はただならぬものを感じた。
吉清には、何か考えがあるということか。
Q 清久や宗明が頑張っている間、吉清は何をしていたのか
A 未亡人を口説きに行ってました




