石田三成襲撃 後編
風呂から上がると、吉清はことの次第を聞かされた。
前田利家が亡くなったこと。そして。
「なに!? 加藤清正や福島正則がこの屋敷を取り囲んでおるじゃと!?」
ここにきて胸騒ぎの正体がわかった。
前田利家が亡くなると、三成に敵意を持つ武断派が三成を襲撃するのだ。
史実を知っていたというのに、あろうことかその場に居合わせてしまうとは。
「なんでも、治部に恨みを持っているらしく、治部を打ち取るまでは帰らぬつもりらしい」
吉継が簡潔に説明するの聞きながら、吉清は今後の方針を考えた。
狙いは三成だけとはいえ、ここに居てはあまりに危険すぎる。
相手は何人もの兵を連れており、それを率いるのはいずれも手練の武将たちである。
下手をすれば、運悪く討ち取られる可能性だってある。
(儂はまだ、こんなところで死ぬわけにはいかぬのじゃ)
石田屋敷を襲撃した武断派たちへの対応を話し合う中、決意を固めた吉清は一人立ち上がった。
「……裏口に馬が繋いであったな? 借りていくぞ」
吉清が背中を向けると、小西行長が呼び止めた。
「待たれよ! さては自分だけ逃げるつもりではあるまいな!?」
「そのつもりじゃ。ここにおっては、命がいくつあっても足りぬからの。……なに、無事に逃げおおせた暁には、借りた馬も着物も必ず返そう」
「そうか、つまり木村殿はそんなやつだったのだな」
小西行長が失望と侮蔑の混ざった眼差しで見つめる。
「…………見損なったぞ」
三成が裏切られたような目で吉清を非難した。
同僚として親しくしていた彼らを置いていくのは心が痛まないでもないが、これも仕方がないことなのだ。
ここで死んでは、何もかもが終わってしまう。
秀次との約束も果たせず、この動乱の時代に清久を放り出してしまう。
それだけは、何としても避けたかった。
今はただ、自分が生き残ることだけを考えよう。
後ろめたさを断ち切り、吉清は一人石田屋敷を後にするのだった。
吉清が居なくなった方をしばらく見つめ、小西行長が吐き捨てるように呟いた。
「木村殿があれほど自分勝手な男だとは思わなかった……」
三成が苛立ちと落胆の混ざった声で溢した。
「…………少しでも木村殿を信じた、私が愚かだった……!」
口々に吉清への非難する三成と行長。二人を眺め、吉継は呆れた様子でため息をついた。
「やれやれ……お主らは木村殿の心意気がわからぬのか?」
「なに……?」
「どういうことじゃ?」
「このままここに篭っても、治部が捕まるのは時間の問題じゃ。……それゆえ、木村殿は自ら囮役を買って出たのよ」
「しかし、まさか……そんな……」
三成が信じられないものを見るような目で吉継を見つめる。
「思い出してみよ。治部、お主は木村殿に着物を貸したな? そして、木村殿は裏口から馬で逃げ出した。……石田の家紋の入った着物を着た者が、裏口からコソコソ抜け出せば、誰だって治部が逃げ出したと思おう」
「あの時の木村殿の言葉……あれは、すべて嘘だったというのか……!?」
「自ら囮役を買って出ては、主らにいらぬ気を使わせてしまおう。……それゆえ、木村殿は自ら憎まれ役を演じたのよ」
吉継の説明を聞き、ようやく納得がいった様子で小西行長が落ち着きを取り戻した。
「そういうことか……」
「私は、木村殿になんてことを……」
打ちひしがれる三成を励ますように、吉継がそっと肩を叩いた。
「今は木村殿が稼いでくれた貴重な時じゃ。どうにか無事に、この場を切り抜ける方法を考えようではないか。……木村殿に謝罪と礼を言うのは、それからでも遅くはあるまい」
吉継の言葉に、三成と行長は力強く頷くのだった。
一方、一人石田屋敷を脱出した吉清は、屋敷を包囲していた兵に追われ、京の町を駆け回っていた。
「なぜ儂を追う! 儂は石田三成ではないぞ!」
「そんなはずがあるか! 貴様が石田三成でないというのなら、誰が石田三成だというのだ!」
「儂の名は木村吉清! 人違いじゃ!」
「ええい、木村様の名を語るとは……往生際が悪いぞ、石田三成!」
「だから人違いと申しておろう!」
風呂上がりの火照った身体に、夜の冷気が突き刺さる。
(こりゃ湯冷めするな……)
盛大にくしゃみをすると、吉清は馬の脚を早めた。
こうして、吉清は一晩中京の町を駆け回るのだった。




