家康糾弾
家康が無断で大名間の婚姻を結んでいると聞き、三中老である、木村、堀尾、生駒が詰問に来た。
家康の元に通されると、さっそく本題に入る。
「太閤殿下の命により、許可なく大名同士で縁組を結ぶことは禁じられております。そのことを、徳川様はいかがお考えでしょうか」
「おお、そういえばそうであったの。大名同士の縁組が禁止されておったとは…………この家康、うっかりしておったわ! 近頃は物忘れが酷くて敵わぬの〜」
とぼけたフリをする家康に、三中老の誰もが憤った。
秀吉の遺命を蔑ろにするのもさることながら、隠そうともしなくなった野心に不快感を覚えた。
「此度の咎、いかが責任を取るおつもりですか?」
「まさか、この期に及んで言い逃れようなどとは思いますまいな!」
「かくなる上は、大老の座を退いて頂くほかありますまい」
口々に捲し立てるも、家康が一喝した。
「これは異なことを! 儂を大老に任じ、政を任せたのは、他ならぬ太閤殿下じゃ。お主らはは言いがかりをつけて儂を秀頼様から遠ざけたいようじゃが、それこそ太閤殿下の遺命に背くことであろう!」
「いや、しかし……」
「話にならぬわ!」
家康に言いくるめられ、三中老はすごすごと引き下がった。
かくなる上は、徳川と婚姻を結んだという伊達、福島、蜂須賀、加藤、黒田に詰問することにした。
伊達政宗の元を訪ねるも、
「今井宗薫に仲人をさせたゆえ、詳しくは宗薫に尋ねよ」
とたらい回しにしれ、福島正則のところへ訪れると、
「儂は殿下と親戚筋ゆえ、徳川殿と縁続きになれば、天下も落ち着こう。これも秀頼様のためにと思ったまでのこと」
黒田長政に至っては、
「徳川様は何と仰っていた」
「うっかりしていたと……」
「では儂もうっかりしておったと報告しておけ」
と、完全にナメた様子で相手にしなかった。
三中老からの報告を受け、三成は頭を悩ませた。
「家康め……殿下が亡くなったとたんに本性を現したな」
三成の重臣である島左近が顔のシワを深くした。
「いかがなさいますか?」
「引き続き、家康の監視を続けておけ」
「……しかし、よろしいんですか? せっかく家康の元に忍びを潜り込ませたというのに、監視だけさせて……」
迂遠な言い方をする島左近に引っかかるものを感じた。
「…………何が言いたい」
「この際、家康を暗殺してしまいましょう。ただ一言、「やれ」とお命じ頂ければ、この島左近、必ずや家康の命を奪ってご覧に入れましょう」
「……………………ダメだ。此度は殿下亡き後、殿下の御遺命を蔑ろにする家康に正道を問うているのだ。その私が邪道に走ってしまっては、どの口で家康を弾劾できよう」
「……殿ならそう仰ると思ってました」
落胆と安堵が混ざった顔で島左近が座を正した。
こんな時でも愚直なまでに真面目で融通が利かない主に、島左近は内心ホッとした。
もっとも、そこが三成の美点でもあり、弱点でもあるのだが。
家康の元に潜り込ませた忍びには、引き続き家康を監視するよう命じた。
しかしその数日後、島左近が忍びを潜り込ませたことが発覚すると、家康は三成が暗殺を目論んでいると騒ぎ立てた。
現役の奉行が大老の暗殺を目論んでいるとあって、徳川と石田を庇護する前田との間で一触即発の事態となった。
伏見の徳川屋敷には、伊達政宗、最上義光、福島正則、池田輝政、京極高次ら30余名の大名が集まった。
大坂の前田屋敷には、毛利輝元、上杉景勝、宇喜多秀家といった、家康を除く四大老。石田三成をはじめとする五奉行。
細川忠興、加藤清正、浅野長政、立花統虎、佐竹義宣、鍋島直茂、蒲生秀行など、譜代や外様を問わず多くの大名たちが集まった。
「おお、壮観じゃの〜」
前田屋敷に集まった大名たちを眺め、吉清が声を洩らした。
屋敷には次々と大名たちが集結し、さながら戦時中のようであった。
利家が生きている間に武力衝突が起こらないことを知っているため、吉清はのんびりと物見遊山を決め込んでいたが、周囲の大名たちは一触即発の事態に戦の前触れを感じているようであった。
あまりの温度差に吉清が所在なさげに佇んでいると、見覚えのある顔が近づいてきた。
「木村殿!」
「おお、立花殿!」
お互い挨拶もそこそこに辺りを見回す。
「大変なことになりましたな」
「いやいやまったく」
「この分では、そう遠くないうちに戦も起きようというもの……。そこで、前田殿にかけあって、畿内に兵を置く許可を頂きました」
「ほう」
「木村殿もいかがですか?」
最短で送ったとしても、越前国北庄からではどうしても遅れが出る。
また、冬季には交通が完全に閉ざされることも考えると、畿内に置くというのもアリな気がしてきた。
「……しかし、大丈夫なのか? 立花殿は慶長の役でも明まで遠征しておる。その上、さらに畿内に兵を置いては、負担が大きかろう」
「ご心配なく……と言いたいところですが、当家の懐ではいささか厳しいですな」
「おいおい……」
「されど、これも殿下から受けた恩を返すため……。当面は倹約に努め、領民の負担が増えぬようにしようかと」
なんと見上げた心意気か。
自分が貧しい思いをしてまで秀吉への忠義を果たそうとするとは。
他人事とは思えず、吉清は思わず口走ってしまった。
「……天下の立花殿に、貧相な真似はさせられぬ。金子であれば、儂が都合しよう」
「ありがたき申し出なれど、お構い無く。遠征の負担というのなら、木村殿も同じこと……。同じように軍役を負った木村殿から、どうして借りれましょう」
ズレたことを言い出す立花統虎に吉清は顔が引きつった。
むしろ、今回の遠征で一番潤ったのが他ならぬ吉清なのだが。
とはいえ、自分のビジネスを話すつもりもないので、吉清は適当に濁すことにした。
「……………………儂は、こう見えてかなり貯金しておってな。立花殿の兵が滞在する費用を出すくらいわけない」
「しかし……」
「立花殿が太閤殿下への忠義で兵を動かすというのなら、それを助けるのも忠義にかなったこと……どうか儂に、殿下への忠義を示す機会を与えてはくれぬだろうか……?」
「…………木村殿がそこまで仰るのなら、断るわけにはいきませぬな」
そうして、吉清は立花統虎に援助をするとともに、貸しを作るのだった。




