論功行賞
明や朝鮮に展開していた部隊、全軍の撤退が完了すると、論功行賞を行うべく、奉行と大老たちは連日連夜に渡り話し合いを行なっていた。
済州島のことで揉めていた木村清久と小早川秀秋の恩賞を先に決めてしまっただけに、諸大名たちからは早く恩賞を寄越せとの声が日に日に高まっていた。
集まった大老や奉行たちを見回し、毛利輝元が口をついた。
「木村殿はご嫡男に加増をしたのでよいとして……」
五奉行の後ろに控えた吉清がムッとすると、宇喜多秀家が前に出た。
「待たれよ。木村殿ご自身は明遠征の際、自ら殿を買って出て、その上将兵の移送まで行なったのだ。
明遠征軍の大名たちが無事に日ノ本の土を踏めたのは、木村殿のおかげに他ならぬ。……その木村殿を差し置いて他の者に恩賞を与えるというのは、筋が通らぬのではないか!?」
宇喜多秀家が毛利輝元を睨みつけると、負けじと輝元が睨み返した。
宇喜多秀家に同意するように、前田利家が声を張り上げた。
「左様! 木村殿は明遠征において比類なき働きをした。大軍の拠点として金門島を整備し、明から制海権を奪ったのも木村殿と聞く……。木村殿なくして此度の遠征は成しえなかったのだとすると、恩賞を出さなくては割に合うまい」
「お?」
風向きが変わり、吉清に追い風が吹いているのがわかる。
(というか、儂、恩賞をせびっていい立場なのか?)
米の転売と略奪品の換金で儲っていたため、恩賞には最初から期待していなかった。
だが、貰えるというのなら貰ってしまいたい。
双方の主張があらかた出尽くしたと見て、徳川家康が両者を見回した。
「ふむ……宇喜多殿と前田殿の言い分、ようわかった。……たしかに、木村殿を差し置いて他の者に恩賞を与えては、納得すまいな」
話し合いの末、吉清に与えられる所領が決まった。
「木村殿には、豊後一国と日向の一部、40万石の転封とする」
石巻33万石から、実に7万石の加増である。
しかし、その前に確認しておきたいことがあった。
「……お聞きしますが、それは石巻のみならず樺太、高山国、ルソンを手放し豊後へ国替えせよ、ということでございますか?」
家康の目がすっと鋭くなると、笑みを貼り付けた顔で言った。
「いやいや、奥州石巻より、豊後へどうかと思ったのじゃ」
高山国などの海外領土はそのまま保持されたとしても、九州へ転封させられれば、吉清がこれまで築いた奥州の盟主としての地位はなくなることになる。
また、木村家の本拠地として開発を進めていた石巻を手放すことも意味しており、同地に築いた銀行も造船所も破棄を迫られるだろう。
単純な加増であれば受け入れるつもりでいたが、今まで開発した領地の破棄を迫られるのであれば話は変わってくる。
大老たちを見回し、吉清は声を張り上げた。
「此度のお話、辞退させていただきとうございます」
「なっ…………」
「なんと……」
驚愕する上杉景勝、毛利輝元を置いて、吉清はさらに続けた。
「代わりと言ってはなんですが、お願いしたき儀がございます」
吉清から提示された代案に、名だたる大老たちは言葉を失うのだった。
急遽、伏見城に招集された宇都宮国綱は、そうそうたる顔ぶれを見渡し、思わず生唾を飲み込んだ。
「…………かようなところへ招集されたということは、とうとう我が宇都宮家の再興を認めてくださるということにございますか?」
「うむ」
予想以上にあっさりと肯定され、宇都宮国綱が言葉を失った。
「此度の遠征で木村殿に加増されるはずだったのじゃが、木村殿が辞退したのじゃ。その代わりに、取り潰しに遭った大名家を再興したいと言い出してな……」
「なんと……!」
前田利家の話によれば、宇都宮国綱の他にも、文禄の役で取り潰しとなった大友義統、奥州仕置きで取り潰された田村宗顕、小峰義親、黒川晴氏。
さらには、かつて木村家の土地を治めていた大崎義隆まで大名に復帰させると言い出したのだ。
新たに与えられた領地である豊後は、旧領である下野国から遠く離れてはいるが、今は大名に復帰できたことが素直に嬉しい。
領地も2万石と、復帰した大名の中では高禄な方だ。
大友義統が1万2千石、他の者が1万石程度の所領が与えられた中の2万石は、それだけ宇都宮が重く見られているということか。
(この恩は、必ず返さなくてはな……)
事実上、木村家の家臣となった屈辱感は消え、木村吉清に目をかけられているという誇りが宇都宮国綱の胸中を満たしたのだった。




