吉清と来客
明や朝鮮から全軍が撤退し、年が明けた慶長4年(1599年)
木村家も済州島に残り備えを固めていた清久軍を含む全軍が撤退を完了させると、吉清は久しぶりの家族団らんを楽しんでいた。
遠征中に届けられた文によれば、側室三人がそれぞれ子を産み、それぞれ男子が三人産まれたそうである。
領地の増えた木村家は吉清の血族を必要としていることもあり、男子が増えたのは嬉しい知らせだった。
その中の一人。涼が新たに産んだ息子を抱き、吉清の顔がだらしなく緩んだ。
「もう……殿ったら……。そんなに顔を触っては、鷹丸が嫌がりますよ」
「よいではないか。……おお〜鷹丸、儂がお主の父上じゃ。わかるか?」
吉清の言葉をわかっているのかいないのか、鷹丸は無邪気な顔で丸い目で吉清を見上げた。
新たな息子の顔を見て、吉清が顔を引き締めた。
まもなく、家康の天下取りが始まる。
元々、吉清自身は家名を残し、領地や財産を次代に残せればそれで良かったのだ。
家康と敵対するなどという危険を侵さずとも、いくらでもやりようはあったはずだ。
それが、秀次との約束があったから家康の天下取りを止めようと思ったのであって、当初の考えでは家康に臣従しようとさえ考えていた。
吉清の腕に抱かれた鷹丸と目が合うと、鷹丸は三日月のように目を細めた。
家康と敵対しては、生まれて間もない自分の息子にも危険が及んでしまうのではないか。
そうなれば、自分はどうすればいいのだろうか。
親として息子を守ればいいのか。あくまで秀次との約束を優先するべきなのか……。
「……殿?」
「……ん? どうした、涼」
「いえ……なんだか恐い顔をされていたので……」
「そうか……」
余計な考えを振り払うように、吉清は頭を振った。
考えても仕方がない。
今はただ、自分の子と秀次との約束、両方を守る方法を考えるまでだ。
そう結論づけると、小姓の浅香庄次郎がやってきた。
「殿、来客です」
「おう、誰が来たのじゃ」
「徳川家康様です」
「なに!?」
家康が鷹丸を抱くと、手慣れた様子であやしてみせた。
子供の扱いには慣れているらしい。
「よい子じゃの〜。父君に似て、利発な顔立ちをしておるわ」
家康に笑顔を見せる鷹丸に何とも言えない気持ちを覚えると、吉清は隣の部屋を指した。
「徳川様、ここでは何ですので、場所を変えましょう」
客間に移ると、吉清は家康を座らせた。
挨拶もそこそこに、さっそく家康は本題を切り出した。
「…………時に、木村殿。先ほど抱いておった男児に、儂の娘を嫁がせたいと言ったら、どうしますかな?」
「なんと……それは真にございますか!?」
「この徳川家康、木村殿には一目置いておる。小田原征伐で30万石の大名となったのち、高山国を開墾し、今や押しも押されぬ大大名となられた! 一代で、それも僅か数年でここまでのし上がるとは、かつての太閤殿下の姿を見ているようじゃと、密かに胸を熱くさせておるのよ……」
「そんな……買い被りです」
「そのような才ある者と縁故を結びたいと思うのは当然のこと……!
木村殿にその気があるのなら、今すぐにでも婚儀を取りまとめますが…………いかがですかな?」
「…………ありがたき申し出なれど、お断り申させていただきます。亡き太閤殿下が定めた通り、大名同士の婚姻は禁止されておりますゆえ」
断られるとは思っていなかったのか、一瞬唖然とすると、家康は苦々しげに顔をしかめた。
「……しかし、これは異な話じゃ……。聞くところに寄れば、木村殿は家臣の娘を大友殿や宇都宮殿の嫡子に嫁がせているという……。これは大名同士の婚姻には当たらぬと申すか?」
涼しい顔をしていた吉清に、一筋の汗が伝った。
そこまで知られていたのか。
後々のことを考えて彼らに首輪をつけたつもりだったが、家康がその情報を掴んでいるとは思わなかった。
動揺を隠し、あらかじめ考えていた言い訳を並べる。
「大友殿や宇都宮殿は既に大名にあらず。……また、あくまでそれがしの家臣が娘を嫁がせているだけのことゆえ、大名同士の婚儀にはあたりませぬ」
「なるほど! これは一本取られたわい!」
家康は愉快そうにカカカと笑うと、ふと真顔に戻り吉清をじっと見つめた。
「…………しかしじゃ、それでは木村殿ばかりが割を食うことになると思うぞ」
「……どういうことにございますか?」
「儂の呼びかけに、既に多くの大名が応じ、当家と婚儀を結ぶ約束をした。今のまま殿下の定めた掟を愚直に守っていても、時代に取り残されるだけじゃぞ……?」
「では、徳川様が次の時代を作ると仰せなのですか?」
失言を引き出そうとカマをかける吉清を、家康は一歩引いた目で静かに見つめた。
「…………どうしても、当家と婚儀を結ぶつもりはないと申すか?」
「申し訳ございませぬ」
頭を下げる吉清を見守り、家康がカッと目を見開いた。
「よう申した! それでこそ豊臣家臣じゃ!」
「…………どっ、どういうことにございますか!?」
理解の追いつかない吉清に、家康は諭すように説明した。
「ああいや、気を悪くしたなら謝ろう。……じゃが、殿下が亡くなり、これからますます天下が荒れようという時に、どの大名も己の保身ばかり気にしておる……。
この動乱の時代に、真に豊臣のことを憂いておる者がどれほどいるのか見定めるべく、木村殿を試しておったのよ」
よくできた言い訳を並べる家康に、吉清は言葉を失った。
おそらく、吉清が頷いていれば、家康はすぐにでも木村家との婚儀を取りまとめたはずだ。
現に、史実でも秀吉死後の家康は婚姻を繰り返し、己の勢力を広げている。
その中に吉清も組み込もうとしたのだろう。
「木村殿のような方が居れば、豊臣の世は安泰でしょうなぁ……」
家康の白々しい物言いが、虚しく吉清の胸中に響くのだった。




