宇都宮国綱
明遠征軍の最前線となっている金門島で、宇喜多秀家率いる5番隊は出陣の用意を整えていた。
奉行ということで何度も宇喜多軍に出入りしていた吉清は、宇喜多家譜代の家臣に混じって見覚えのない者を見つけた。
「貴殿は……」
「それがし、宇都宮国綱と申します」
宇都宮国綱は下野国の大名で、小田原征伐の際に本領安堵を勝ち取った大名であった。
しかし、秀吉の命で突如改易されると、宇都宮国綱は宇喜多秀家の預かりとなった。
秀吉から「此度の遠征の武功次第で再興を許す」との言を受け、宇都宮国綱は一族や旧臣を集め今回の遠征に臨んだのだった。
「此度の遠征は、我が一族の興亡がかかった大戦! 必ずや武功を挙げてご覧に入れましょう!」
鼻息を荒くする宇都宮国綱に、吉清は冷ややかな視線を送った。
「それなのじゃが……あまりあてにせぬ方がいいと思うぞ」
「何を仰る! 殿下が約束を違えると仰せか! あるいは、我らが武功も挙げられぬ軟弱者と言いたいのか!」
吉清が首を振った。
「石田殿の話によれば、最近の殿下は物忘れが激しく、秀頼様のことも度々忘れる始末とか……」
一昨年、大老や五奉行といった役職が定められるのと同じくして、拾が秀頼と名を改めた。
秀次亡き後は秀頼が次期豊臣家の当主であり、秀吉もそのつもりで大いに期待を寄せ、愛情を注いできた。
だが、その秀頼すら忘れてしまうほど、秀吉の老化が進行していたとは……。
噂には聞いていたが、秀吉の死期は想像よりも早いのかもしれない。
息を呑む国綱に、吉清が声をひそめた。
「あまり大きな声では言えぬが、殿下ももう歳じゃ。殿下が亡き後、果たして誰が約束を守るというのか……」
神妙な顔をした宇都宮国綱が、少し考えて頭を振った。
「…………お心遣い感謝する。だが、貴殿の話を聞いてると、我が決意が鈍ってしまう。此度の戦には、我が一族の命運がかかっているのだ」
そう言って話を打ち切ると、宇都宮国綱は宇喜多秀家の陣へ戻っていった。
豊臣家の内情を知る吉清としては、何のツテも持たない国綱が、秀吉の死後お家再興を果たせるとは思えない。
最上義光にツテを持つ大崎義隆ですら、葛西大崎の乱の煽りを受けて、お家再興の道が途絶えたのだ。
豊臣家内部に人脈も無ければ、人脈を築くだけの切り札もない。
他の大名や奉行にしてみれば、宇都宮国綱を助けるメリットがない以上、誰の目から見てもお家再興は絶望的だった。
(もちろん、儂が何もしなければの話じゃが……)
手軽に貸しを作れそうな者、なおかつ、あわよくば自派閥に組み込めそうな者を見つけ、吉清は内心ほくそ笑むのだった。




