慶長の役
慶長2年(1597年)小早川秀秋率いる朝鮮遠征軍が朝鮮の全羅道に上陸すると、朝鮮半島の再侵略が始まった。
後に、慶長の役と呼ばれる遠征の幕開けだった。
高山国遠征軍の兵站や水軍を担っていた吉清は、一足先に台北に渡ると遠征の準備に追われていた。
高山国から明本土へ渡る軍は、総勢10万あまり。それらの兵が滞在する場所を確保し、物資を整えなくてはならない。
大友の旧臣や秀次の旧臣である若江衆を総動員すると、連日連夜準備が続けられた。
遠征軍を迎え入れる高山国側の準備が整うと、宇喜多秀家をはじめ、続々と諸将が到着した。
吉清は一人一人に挨拶をして回る。
「宇喜多様を始め、他の大名方が不自由せぬよう、それがしも全力で支援にあたる所存にございます」
「うむ。頼りにしているぞ」
計画としては、先遣隊が明からほど近い金門島を制圧し、そこを橋頭堡として明本土へ攻撃を仕掛けるというものだ。
先遣隊として黒田長政が金門島に上陸すると、直ちに制圧を開始した。
島内全域の支配が完了すると、吉清を始めとする奉行や水軍が島へ渡り、明から防衛しつつ拠点を築いていく。
この作業自体、木村家が領土を拡大していく際に何度も行なったものであり、上陸からの拠点構築は、もはや木村家の十八番となっていた。
建築に長けた大道寺直英に拠点構築の指揮を任せ、仮拠点に兵糧などの物資を搬入していく。
万の大軍を維持できるだけの物資を揃えると、続々と新たな軍が渡ってきた。
「まったく、一息つく暇もないな……」
「それだけ殿が重要な職に就いていることでもあり、頼りにされているということです」
うまく言いくるめられた気がしないでもないが、ここの仕事が一段落ついたら別の場所にも向かわなくてはならない。
明本土に上陸した遠征軍は順調に進軍を続けた。
陸からの侵攻する宇喜多軍に対し、吉清は海からの補給、及び明水軍の撃破を進めていく。
水軍の指揮は梶原景宗に一任しているため、吉清としては台北で書類仕事や雑務に追われるはずだったのだが。
「何もやることがないな……」
水軍の指揮にばかりかまけていたため、膨大な量の仕事が溜まっているかと思ったが、そんなことはなかった。
秀次の旧臣である若江衆が采配を取り、兵站の管理や書類仕事、果ては台北に残る軍のまとめ役までこなしてくれている。
若江衆の筆頭格である前野忠康を捕まえると、吉清は笑みを浮かべた。
「何から何まで、実に頼りになるな。頭が下がる思いじゃ」
「なんの……。殿には命を救われましたからな。あの時の恩を返さねば気が済まぬと、皆張り切っているのです」
それにしても、と思う。
10万人規模の軍をよくまとめ、他の大名たちの調整など、実に上手くこなしてくれていると思う。
「我らは小田原の役でも万の軍をまとめ上げ、奥州再仕置きでも総大将たる関白殿下の元で全軍をまとめ上げましたからな」
吉清が「なるほど」と頷いた。
大軍の管理や運営は得意分野、というわけか。
改めて、次期天下人を支えるべく、秀次の家臣はよく鍛えられていたのだと思った。
台北に残る軍の管理は前野忠康らに任せ、吉清は長束正家の陣へ向かった。
今回の遠征では、ひたすら兵站維持や水軍の指揮に専念しなくてはいけないため、略奪をしている暇はない。
そのため、前回は使えなかった方法で金を稼ぐことにしたのだ。
「長束殿、兵糧の方は……」
吉清の言いたいことをすべて心得ている様子で、長束正家がニコリと笑った。
「万事、抜かりなく」
「それは重畳」
長束正家が笑みを浮かべると、吉清も自然と笑みが溢れた。
「しかし、木村殿は先見の明がありますなぁ。此度の役を予見し、何年も前から米を蓄えていたとは……」
来たる慶長の役に備え、吉清は長い時間をかけて兵糧を蓄え続けてきた。
米と引き換えに奥州の与力大名たちに港を建設し、高山国を日本有数の穀倉地帯にまで開発した。
すべては、米の価格が高騰するこの時のためである。
明との講和が失敗すると、すぐに次の遠征が決まり、日本中で米価が値上がりした。
それに乗じ、吉清はさらに米を買い漁ると、米価を釣り上げ、日本中の米価を操作した。
兵站などはすべて豊臣家が取り仕切るため、数十万にも及ぶ軍を維持するための米を大量に調達する必要がある。
兵だけでなく後方支援にあたる者も含めればその数倍は必要となるのだから、当然、豊臣家の直轄地である太閤蔵入地だけでは賄いきれなくなっていた。
そこで手を挙げたのが吉清である。
何年もかけて大量に蓄えた米を高値で転売し、利ざやで金を稼ぐ。
そうして、またたく間に巨額の富を手中に収める計画であった。
だが、これには大きな問題があった。
一大名である吉清が不当に米価を釣り上げ、価格を操作していることがバレてしまえば、秀吉をはじめ他の大名からの印象も悪くなってしまう。
理由をつけて没収されるか、何らかの処罰を受けるのが目に見えていた。
そこで目をつけたのが五奉行に名を連ねる長束正家だった。
奥州再仕置きの際に共に横領をしたことで黄金色の絆に結ばれていた二人は、吉清が米を供出したとバレないよう、長束正家に書類の改ざんをさせていたのだ。
吉清は長束正家の陣に立ち寄ると、兵糧米の勘定が書かれた証文をやり取りした。
どちらともなく笑みが溢れる。
「ふふふ、これも役得よ。これくらい甘い蜜を吸ってもバチは当たるまいて」
「まったくよ」
分け前を黄金に変えた長束正家がニンマリと笑う。
二人が横領したしわ寄せは、遠征の経費を負担する諸大名たちに重くのしかかるのだが、吉清には関係ない話であった。
(どうせ奴らは明で略奪して元を取るのだ。それなら、いくらか分け前を貰ったところでバチは当たるまい)
長束正家の手数料を引いても、10万貫(25万石)近い利益が出ている。
ちょっとした国持ち大名の国家予算並みの金額である。
(この金を元手に、さらに銭を稼ぐとするか……!)
開幕早々に巨額の利益を挙げた吉清の目に、野望の炎が燃え上がるのだった。




