密談と黒幕
慶長の役での編成を決める際、大名たちの名簿を見て、吉清はあることに気がついた。
それを確かめるべく前田家の屋敷を訪れると、さっそく利家の元へ通された。
「おお、木村殿。此度はいかがされた?」
飄々ととぼける利家に、吉清は背中に冷や汗が伝うのがわかった。
家康もタヌキだが、利家も老獪さでは負けていないということか。
「此度の明遠征のことにございます。知ってのとおり、それがしは宇喜多様や利長様と共に高山国からの遠征を任されましたが、あれは……」
「答え合わせならば、してやるつもりはないぞ」
吉清は息を呑んだ。
吉清が何を尋ねようとしていたのか、利家はわかっていた。
それだけで、今回の遠征の黒幕は前田利家なのだとわかる。
今回の高山国遠征軍の陣容は、その多くが前田家に親しい者や、それに連なる派閥の者で固められている。
さしずめ、前田家と親しくしている者や、今後親しくする者に対し、明での略奪という贈り物をして、自派閥を潤しておこうという魂胆なのだろう。
そのために、度重なる遠征で赤字の積み重なった宇喜多家に目を付け、その下に嫡男の利長や親戚筋にあたる細川忠興、蒲生秀行、木村吉清をつけたのだ。
思えば、木村家が文禄の役で莫大な利益を挙げた時から目をつけていたのかもしれない。
……吉清に明での略奪の手伝いをさせよう、と。
「…………それでは、此度のそれがしの役目は……」
利家がゆっくりと首を振った
「儂に確認を取るまでもなかろう。……何をすれば良いか、何が一番利になるか、木村殿が一番心得ていようて」
「…………」
吉清は歯噛みした。
自分から口にせず、吉清に言わせようとするとは。家康に負けず劣らず、つくづくタヌキである。
利家が命じたことだけを吉清が実行するのは簡単だが、裏を返せば命令にないことはする必要がないことになる。
だが、利家から何も命じられていなければ、吉清はどこまで前田家に利することをすればいいのかわからないため、全力で利益をもたらそうとするだろう。
そうでなくとも、吉清には利家に借りがあるのだ。
首輪で繋がれている吉清が、利家に噛み付けるはずがない。
それを見越して、吉清から最大限の利益を引き出せるよう、利家はわざと具体的なことを命令しなかったのだ。
(そちらがその気なら、儂にも考えがあるぞ……)
今回の遠征では、吉清は奉行として、一人の大名として、前田派閥の一員として、重要な役目を背負っている。
当然、吉清にかかった期待に比例して役職は高く、責任のあるものを任されている。
現在、吉清は遠征軍である程度の人事権を握っており、多少なりとも自由に人を動かすことができる立場にあるのだ。
これを使わない手はない。
高山国遠征軍の多くが前田派閥の者で構成されているというのなら、それを逆手に取ればいい。
(遠征軍には、儂の息のかかった大名を多く送り込んでやろう……。さすれば、前田の派閥は膨れ上がる代わりに、儂の影響力も増すはずじゃ)
利家の死後、前田家は力を急速に失っていくことになるだろう。
そうなった際、派閥の有力者として自分が名乗りを上げ、前田派閥をそのまま乗っ取ってやるのだ。
前田家の派閥を手中に収めた日には、家康の天下取りを止められるかもしれない。
その時のために、吉清は策を練るのだった。




