三中老
秀次事件ののち、豊臣政権は大きな転換点を迎えていた。
これまで、秀吉を頂点とする独裁色の強い政治だったのに対し、自身の亡き後も豊臣家を運営できるよう、有力大名たちによる合議制に移行しようとしていたのだ。
徳川家康、前田利家、毛利輝元、上杉景勝、宇喜多秀家、小早川隆景を大老とし、彼らの合議により政を行う。
その一方で、政権の実務を担う奉行職として、石田三成、浅野長政、前田玄以、長束正家、増田長盛を中心とする五奉行を定めた。
しかし、制度を定めていく上で、新たな問題に直面した。
奉行衆の面々が制度の詳細を決めていく中で、ふと大谷吉継が口を開いた。
「…………大老と五奉行の意見が合わぬ時は、どちらの言うことを聞けばよいのじゃ」
吉継の発言に、皆が言葉に詰まった。
普通に考えれば、秀吉の意見を仰げばよい。
だが、この制度は秀吉亡き後も豊臣政権を運営させられるよう定められたものだ。
秀吉に意見を求められない場合は、拾に意見を求めるのか。いや、幼少の拾に何を求めるというのか。
浅野長政や増田長盛が顔をしかめる中、三成が奉行衆を見渡した。
「…………両者の仲裁役として、新たな役職を作ろう」
この役職名を三中老に決めると、誰が三中老にふさわしいのか話し合いが行われた。
候補者の名はすぐに挙がった。
「まず、木村殿は外せないだろう」
三成がそこまで木村吉清を買っていることに驚きつつ、前田玄以が反論した。
「……しかし、良いのか? 木村殿は我ら奉行衆と親しくしておる。その木村殿を仲裁役としては、大老たちは良く思わぬのではないか?」
「それを抜きにしても、実力としては申し分ないものだと思っている」
5000石から突然30万石もの加増を受けたにも関わらず、そつなく国を治めた手腕に加え、文禄の役では明を相手に比類なき武功を立てたほどの戦上手だ。
「聞くところによれば、蒲生家のお家騒動をまたたく間に鎮めたのも木村殿だという。……これほどの適任者はおらぬと思うのだが、どうだろうか」
三成の熱弁に、浅野長政、長束正家が同意した。
「異議なし」
「同感じゃ」
他の奉行衆の同意も得られると、さっそく木村吉清の元へ話を通しに行くのだった。
こうして、新たな制度や役職が定められると、伏見城に諸大名が集められた。
徳川家康を始めとする六名の大老の名が挙げられると、各々一人ずつ前へ出て、それぞれ一言述べていく。
そうして、大老職や石田三成を始めとする五奉行が発表され、いよいよ最後の役職とその役目を負う大名が明かされた。
「三中老には、生駒親正、堀尾吉晴、木村重茲を命ずるものとする!」
発表が終わると、集まりは解散となった。
木村屋敷までの帰路にて、こっそり発表を聞いていた小姓の浅香庄次郎が憤慨していた。
「奉行衆の目も節穴ですな! 殿を五奉行や三中老の役職に加えぬとは!」
「当たり前じゃ。儂が断ったのだからの」
「こ、断った!?」
誘いがあったことは驚かないが、それを断ったとなると話が変わってくる。
愕然とする庄次郎に、吉清は堂々と宣言した。
「知らぬのか? 儂は責任を取ることが大嫌いなのじゃ。このような役職に就いては、面倒ばかり増えよう」
「し、しかし、殿にとって名を挙げるまたとない機会かと思いましたゆえ……」
吉清が苦笑した。
もとより、吉清の領地は上方から遠く離れている。京と領地を往復するだけで一苦労だ。
また、最近は淀殿の浮気調査だったり、軍備の拡張だったりと、木村家の抱える仕事量は膨大なものとなっている。
秀次の旧臣を加えたからなんとか回っているものの、仕事量としては限界に近かった。
そんな状況では、仮に引き受けたとしてもうまく職務をこなせる気がしない。
「それならいっそ、出世欲旺盛な親戚にでも譲り、恩を売った方が遥かによいわ」
三中老の誘いがあってすぐに、吉清は木村重茲の元を訪れた。
秀次の家老であったところを、勝手に罷免して甲斐に転封させて以降、重茲との仲は険悪となった。
しかし、蒲生家への縁談を機に関係は徐々に落ち着いていき、今回の三中老へ推薦したことで、以前のような良好な関係に落ち着いたのだった。
「あやつは仕事ができる割に、根が単純だからな……。あれくらいのやつの方が、扱いやすい」
得意な顔をする吉清に、庄次郎は「なるほど」と頷くのだった。




