関白の隠し子
蒲生秀行、細川忠興を伴い、吉清は高野山の奥地に足を運んでいた。
「間違いないのだろうな?」
息を切らせながら尋ねる忠興に、吉清が額の汗を拭った。
「そのはずじゃ」
秀次の死の間際、吉清は高野山の隠れ寺に隠した娘の一人を託されたのだ。
その娘を保護するべく、吉清は忠興と秀行を伴って高野山の山中を歩いていた。
「ふぅ……。ここまで足を運ばせておいて、何の成果も得られませんでした、では済まさぬぞ」
「落ち着いてくだされ……。まだそうと決まったわけではありませぬ」
苛立つ忠興を秀行が諌めた。
「おっ……」
木々の向こうに、屋根のような物が見えた。
「もうすぐじゃ……」
目的地が見えたことで元気を取り戻した三人は、最後の力を振り絞り山道を走破するのだった。
住職に秀次の末路とその遺言を託すと、住職は静かに頷いた。
「…………わかりました。関白殿下がかように仰せなら、あの子は貴殿らに任せましょう」
しばらくすると、僧侶が赤子を連れて現れた。
「この方が、亡き関白殿下のお子、たか様にございます」
赤子を受け取ると、三人は麓の町へ降りるべく下山を始めた。
忠興が赤子を一瞥して、じろりと吉清を睨んだ。
「……子を預かったはいいが、どうするつもりじゃ。まさか、太閤殿下に引き渡すつもりではあるまいな……」
「まさか! 義父上に限って、そのようなことは……」
秀行が庇うも、不安気な様子で吉清の様子を覗う。
「それなのじゃ。どうしたものかのぅ……」
保身という一点で言うのなら、秀次の娘は秀吉に渡した方がいい。
秀次の娘を匿っていることが秀吉に知れては、吉清はおろか、木村家を巻き込んで大爆発しかねない。
だが、個人的な心情だけで言うのなら、秀次の子を匿ってあげたい気持ちもあった。
未来のことを知っていたにも関わらず、秀次には何もしてやれなかったという罪悪感はある。
ならば、せめてその娘だけでも守れないだろうか、と思ったのだ。
頭を悩ませる吉清に、忠興が口を開いた。
「一つ、忠告しておいてやるが、その娘は匿っておいた方がいいだろうな」
「なぜじゃ」
「……今、豊臣家中でお主の評判はすこぶる悪い。関白殿下と親しくしていた癖に、太閤殿下に関白殿下の謀反をでっち上げたばかりか、三成と共謀して、殿下の命を奪ったのだとな」
「まさか! なにゆえそれがしが……」
青ざめる吉清に、秀行が遠慮がちに口を開いた。
「……おそらく、謹慎を命じられた者の中で、義父上の処分が軽かったからでしょう。……伊達や最上は厳しい処分だったにも関わらず、義父上はあっさりと謹慎が解けたのも大きいかと……」
秀行の言葉に納得しつつ、吉清は頭を抱えた。
吉清としては日頃の人間関係と根回しが効いたと思っていたが、端から見るとそのように映っていたとは……。
「…………心無い者の讒言だとは思うが、用心に越したことはない。関白殿下の罪が赦された日には、大手を振って殿下の娘を匿っていたと宣言できよう。
さすれば、他の者からの心証も良くなろう」
「……………………」
そんなことになっていたとは、思いもよらなかった。
今回ばかりは、金を配るばかりではどうにもなりそうもない。
厄介なことになったと、吉清は頭を抱えるのだった。




