前田と最上の説得
秀吉の承認を得た三人は前田屋敷を訪れていた。
事情を説明すると、利家は神妙な顔で眉間にシワを作った。
「……戦国の世とあっては、好いた女子と結ばれることの方が稀じゃ。
儂もまつと婚儀を結ぶべく、義父上に頼み込んだものよ……」
遠い昔に思いを馳せ、利家がすっと目を細めた。
「男とは、好いた女子のためならどんな無茶でもしでかすものじゃ。それを阻む壁があるなら、死に物狂いで体当たりするもの……。
それを阻もうなどと、粋のわからぬ老人のすることよ」
思わぬ感触に、三人の顔が明るくなった。
「宗明殿の評判は利長より聞き及んでおる。
……その宗明殿を養子として迎え、分家を興すのであれば、儂も安心して嫁がせられるというもの」
「では……!」
「当家は宗明殿との婚儀で異論ない」
そうして、清久と前田家の娘との婚儀は、そのまま宗明の婚儀として進行させることとなった。
家康と吉清、清久を見送ると、利家の嫡男、利長が詰め寄ってきた。
「父上! なぜ分家との婚儀に甘んじられたのですか! あれでは当家の面目は丸潰れにございます!」
利長の言い分はもっともであった。
普段であれば、利家も同じことを言ったかもしれない。
だが、今はそんなことも言ってられない事情があった。
「儂ももう長くはない……もって、あと4、5年といったところじゃ……。しかし、家康を見よ。あれは、少なくとも20年は長生きするぞ」
「まさか……!」
当時の寿命から言えば、50も過ぎれば十分長生きした部類に入る。
そういった観点からみれば、利家の寿命は残り少ないと言えた。
しかし、家康の覇気は衰えるどころか、年々鋭さを増しているように見えた。
「儂の死後、家康は必ずや前田を潰そうとするであろう。
……されど、木村殿は義侠心のある男よ。氏郷の遺言で蒲生家を守ったように、儂の死後、徳川と構えることがあれば当家に味方させるのじゃ」
「……そのために貸しを作った、ということにございますか?」
利長の言葉に、利家はニヤリと笑った。
「この貸しは高くつくぞ、木村殿……」
家康、吉清、清久は最上義光を説得するべく最上屋敷を訪れていた。
懇願する清久と吉清に、義光が声を荒らげた。
「なに! 駒を木村殿の嫡男に嫁がせたいじゃと!?」
今にも掴みかからんとする義光を制するように、家康が割って入った。
「元を正せば、駒姫殿を関白殿下に嫁ぐよう進言した儂の責任じゃ。……ここは一つ、儂に埋め合わせをさせてはくれぬか?」
「徳川様……」
義光にとって、家康は長年の盟友である。
徳川家がかつて武田家としのぎを削っていた時から友好関係を築いており、家康とは個人的に親しい友人の間柄にある。
しかし、娘をくれとなると話は変わってくる。
葛藤の末、義光は拳をキツく握り締めた。
「徳川様の頼みなれど、こればっかりは頷けませぬ!」
そうして、三人は半ば追い出されるように最上屋敷を後にするのだった。
深夜。謹慎中であったが、監視の目を潜り抜け、義光は密かに木村屋敷を訪ねていた。
人目を盗んで駒姫の元までたどり着くと、会えなかった時間を埋めるように話に花を咲かせた。
そうして、いつしか木村清久が駒姫を嫁に欲しいと懇願した話をしていた。
「まったく……親が親なら子も子よ……。そうは思わぬか、駒」
「わたくしは……」
口ごもる駒姫に、義光は眉をひそめた。
普段から恥ずかしがりのきらいはあったが、それとは違うように見える。
これでは、まるで……。
「まさか、駒……。お主、木村の小倅のことを好いておるのか?」
義光の問いかけに、駒姫は顔を伏せて黙ってしまった。
しかし、髪の隙間から覗いた頬は赤く染まり、耳まで真っ赤にしている。
言葉はなくとも義光には駒姫の気持ちが理解できてしまった。
「駒……」
駒姫を嫁がせては、せっかく秀次に嫁がせずに済んだものを、再び手放すことになってしまう。
義光にとって、それほど駒姫は大事な娘であり、その駒姫を失うことは半身を割かれるに等しい痛みが襲ってくる。
木村吉清は気に食わない。
だが、駒姫を匿い助命に奔走してくれたのは、他ならぬ木村吉清であるという。
駒姫の幸せを思うのなら、吉清の息子である清久に嫁がせた方がいいのではないか。
こうして、義光の眠れぬ夜は更けていくのであった。
後日。再び説得にやってきた清久は、義光の前に頭を垂れた。
「お願いします! どうか、駒殿を我が妻に……!」
「よいぞ」
義光の言葉に、清久は耳を疑った。
「な……今、なんと……」
「ただし、儂から条件がある」
今すぐ跳ねまわりたい気持ちを必死に堪え、清久が姿勢を正した。
「貴様が駒にふさわしい男となるよう、徹底的に鍛え直してくれるわ!」
清久は息を呑んだ。
裏を返せば、それさえ乗り越えれば義光が自分を駒姫の婿に認めてくれることを意味していることに他ならないわけで……。
嬉しさを滲ませ、清久は頭を下げた。
「ありがとうございます! これからよろしくお願いします、義父上!!!!」
「貴様に義父上などと呼ばれとうないわ!!!!!」
怒りを顕にする義光に、清久は笑顔で殴られるのだった。




