清久と婚約者?
石巻での政務から解放され、清久は久しぶりに京の木村屋敷へ戻ってきていた。
吉清からは婚儀を進めるために戻れと言われたが、具体的な話は何一つ聞かされていなかった。
吉清の性格から考えて、何も準備していないとは思わないが、その分期待も膨らむというものだ。
「私の妻となるのはどんな女子なのだろう……」
屋敷の門を潜ると、どこからか黄色い声が聞こえてきた。
屋敷の中からではない。おそらく庭先からだろう。
清久が顔を覗かせると、見たことのない姫が侍女と談笑していた。
白い肌に、艶のある黒い髪。ほのかに紅が差した唇に、思わず目が吸い寄せられてしまう。
立ち居振る舞いもどことなく品があり、育ちの良さが伝わってくる。
(な、なんと美しい……!)
清久が目を奪われていると、姫と目が合った。
清久がバツが悪そうに姿を現すと、姫は恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
「そ、それがしは木村清久と申します……! あの……なぜあなたのような美しい方が、当家にいらっしゃるのですか?」
「……婚儀のために……」
「こ、婚儀!」
清久の胸が沸き立った。
(父上! 私のために、このような美しい方を妻にして下さるとは……! ありがとうございます! 父上、本当にありがとうございます!!!!!)
そうして、清久と姫の親交が始まった。
姫の気を引くべく、珍しい物を用意したり、自分の武功を話し、時に冗談も交えては大いに姫を笑わせた。
ある時、清久が屋敷を出ると、京を警備する兵に呼び止められた。
「木村清久殿ですね? どこかで駒姫を見ませんでしたか?」
「駒姫?」
「関白殿下が謀反の罪で切腹されたことはご存知でしょう?」
豊臣政権始まって以来の一大事に、清久が驚愕した。
「なんと、関白殿下が!」
石巻に居た頃、そんな話は入ってこなかった。
また、上洛してからというもの、ずっと姫にかかりきりだったこともあり、京の情勢に気を配っている余裕などなかった。
中央ではそんなことが起きていたのか……。
驚く清久に、兵たちが続けた。
「太閤殿下は関白殿下の妻子をことごとく処刑されるおつもりで、今、その行方を追っているところにございます」
「側室や子息は粗方捕えたのですが、関白殿下の側室であられる駒姫だけが、どうしても見つからないのです」
「聞けば、最近木村様の屋敷に姫が出入りしているとの噂がございます。……良ければ、中を改めさせていただけませぬか?」
一大名に対する不躾な要求に、清久は首を振った。
「当家の屋敷に駒姫なる者はおらぬ」
「しかし、姫が出入りしていると……」
「あれは私の婚約者だ」
「されど……」
「くどい! 私の婚約者と申しておろう!」
清久の剣幕に気圧され、兵たちが後ずさった。
「し、失礼しました!」
兵たちを追い払うと、清久は屋敷へ戻った。
土産を手に門を潜ると、姫が出迎えた。
「ずいぶんと外が騒がしいようでしたが、何かあったのですか?」
清久は事情を説明した。秀次のこと。妻子を処刑するとのこと。
そして――
「駒姫を探しているので、当家の屋敷へ入れろと言うのです。……まったく、困ったものですな。当家にそのような姫はおらぬというのに!」
姫が驚いた様子で口に手を当てた。
「……いかがしましたか?」
絶句する姫に、側に控えていた侍女が口を挟んだ。
「このお方は、最上義光様の娘であらせ、関白殿下の元へ嫁ぎに参った駒姫様にございます」
「なっ、なんだと!?!?!?!?」




