駒姫
秀次の謀反へ関与が疑われた最上義光は、屋敷にて謹慎するよう命じられていた。
屋敷には豊臣家からの監視が派遣されており、謹慎というより事実上軟禁に近い扱いを受けていた。
監視からの話に、義光は目を見開いた。
「なに!? 関白殿下のみならず、妻子に至るまでことごとく処刑するだと!?」
それでは、秀次との婚儀ため上洛している駒姫は、どうなってしまうというのか。
いても立ってもいられず屋敷を飛び出そうとすると、監視の者が二人がかりで取り押さえた。
「最上殿、今は謹慎中ですぞ」
「ご自身の立場をわきまえられよ」
監視の目もあり、屋敷から出ることも叶わない。
義光には、ただ祈ることしかできなかった。
(駒……無事でいてくれ……!)
秀次の元へ嫁ぐべく、京へ向かっていた駒姫一行はちょうど京の入り口まで差し掛かっていた。
「出羽からの長旅、大変な道のりにございましたなぁ」
護衛についていた最上家臣が呟いた。
「されど、ようやくこれで一息つけるというもの」
「何を言ってるのだ。大変なのはこれからじゃ。なにせ関白殿下との婚礼……。何かあっては事じゃ。気を引き締めてかからねば」
ぼやく家臣を志村光安が諌める。
ふと、道の先で誰かが通行止めをしていた。
馬を止めると、志村光安が声を張り上げた。
「何奴!」
「我らを誰だか知っての狼藉か!」
駒姫一行を止めた不届き者は、最上家臣を一瞥すると軽く頭を下げた。
「……駒姫御一行にございますな? 拙者、木村家家臣、真田信尹と申します。殿より案内するよう仰せつかり、まかり越した次第にございます」
案内という言葉を聞いて、最上家臣団の緊張が緩んだ。
「おお、案内か! 勝手のわからぬ地ゆえ、助かった」
「これで迷わず関白殿下の元へ向かえるぞ」
「ささ、どうぞこちらへ」
気の抜けた最上家臣たちを尻目に、真田信尹は密かにほくそ笑んだ。
(まあ、関白殿下の元へは案内せぬのだがな……)
駒姫を木村家の駕籠に移すと、適当な理由をつけて木村家の屋敷へ招待した。
始めは長旅をねぎらう酒宴に喜んでいた最上家臣だったが、次第に様子がおかしいことに気がついた。
酒を片手に、志村光安が呟く。
「旅を労うと言って歓待してくれているが、いったいいつまでここに居ればよいのじゃ」
鮭延秀綱が同意する。
「うむ。しかも、最上家の屋敷がすぐそばにあるにも関わらず、屋敷から一歩も出さぬとは……」
京へ入ったというなら、一刻も早く義光に報告をしなくてはならない。
だが、木村家の者が代わりに伝えると言ったきり、何も音沙汰がない。
案内をした真田信尹に問いただすと、しばらくして身なりの良い武将が現れた。
「儂が木村吉清じゃ」
吉清を睨みつけ、志村光安が声を荒らげた。
「木村殿、いったいいつまで我らをここに留め置くつもりか! このままでは殿や関白殿下をお待たせしてしまうではないか!」
「関白殿下が腹を召された」
吉清の言葉に、その場にいた者全員の頭が真っ白になった。
「なっ……」
「まさか、そんな……」
現実を受け入れられない様子の最上家臣たちに、説明を続ける。
「太閤殿下への謀反を企んだ罪により、関白殿下には切腹が申し渡されたのじゃ」
「で、では、婚儀は……」
吉清が首を振った。
当然、婚儀どころの話ではない。
「関白殿下に親しかった者として、最上殿も身動きの取れない状況にある。
また、太閤殿下の命により、関白殿下の妻子はことごとく処刑されておる。……このままではお主ら……いや、姫の身が危うい。それゆえ、こうして匿っておる次第じゃ」
最上家臣たちが絶句していると、吉清の後に南条隆信が控えた。
「殿のおっしゃることは真だ」
「南条殿まで……」
南条隆信は旧大崎家臣ということもあり、最上家臣とも親交があった。
その南条隆信までもが神妙な面持ちで吉清に同調する。
木村吉清の話は真実なのではないか。
それにしても、あまりに荒唐無稽な話だが。
困惑する最上家臣たちを背に、先頭に座っていた志村光安が頭を伏した。
「木村様のご厚意、かたじけない。……しかし、我らにも意地というものがある」
「ふむ」
「木村様のことを信用していないわけではありませぬが、このまま一方的に姫を預かられては我らの面目に関わります」
「……つまり、何が言いたいのじゃ」
「こちらは駒姫様という人質を差し出しているも同義ゆえ、そちらも人質を出して頂きたい。……願わくば、木村様の正室かご嫡男を……」
志村光安の要求に、吉清はため息をついた。
この期に及んで何を言っているのか。
姫の身の危険だというのにメンツも何もあるまい。
今、どういう立場に立たされているのか、本当にわかっているのか。
声を荒らげたくなるのをぐっと堪え、ひとまず気持ちを落ち着かせた。
吉清としても今回匿っているのは綱渡りに違いない。
そのため、彼らにはなるべく大人しくしてもらいたかった。
何も、駒姫に危害を加えようという気はないのだ。であれば、人質を送るといっても形式的なものになるだろう。
また、彼らの要求を受け入れることで、状況の深刻さを理解してもらえるかもしれない。
長考の末、吉清は頷いた。
「…………あいわかった。それでは、儂の嫡男、清久を連れて来よう」
とはいえ、人質にするために呼び戻すのでは、清久も納得しないだろう。
そこで、清久の婚姻を進めるという口実で呼び寄せることにした。
ちょうど、前田家との婚儀も進めなければならなかったこともあり、ついでにそちらも進めてしまおうと思うのだった。
吉清からの文を読み、清久は期待に胸を膨らませていた。
「婚儀の用意を進めているので京へ戻れ、か……」
文には日取りや相手のことなど、具体的なことは書かれていない。
しかし、何事も根回しを怠らない吉清が、何もしていないとは思えない。
きっと、清久を驚かせるために、あえて内容を伏せているのだろう。
「楽しみだな。私の妻となるのはどんな娘なのだろう……」
清久は足取り軽やかに京へ戻るのだった。




