今日の悪役令嬢
昨日投稿した短編の続編です。
単発、不定期、息抜きの投稿です。最初を短編で出してしまったため、続けて投稿出来なくなりました。各別々でも読めるので、このまま短編投稿します。
最初の話は、《職業? 悪役令嬢です♪》ですww
「ナーシャ・フリークリス、そなたとの婚約を破棄する」
茶色の髪をかきあげ、青い眼の青年は声高に声を上げた。
場所は学園内のカフェテリア。衆人環視の中、ナーシャと呼ばれた少女は背筋を伸ばして青年を見上げる。
「理由をお聞きしても宜しいですか? ダニエル様」
茶色の髪を弄びながら、ダニエルは溜め息をつく。
「分からない事が、その理由だよ。地味で控えめなのが君の美徳だと思っていたが..... 大輪のバラの前では、無いにも等しい魅力だったね。僕はそれに気づいただけさ」
意味が分からない。
ナーシャを含む、カフェテリアにいる人々全ての心境だった。
そこへスカーレットが現れる。
美しい顏に豊かな金髪。蒼く灰色がかった瞳は王族特有な色で、侯爵家自慢の御令嬢だった。
彼女は対峙するダニエルとナーシャに視線を向け、不思議そうに、薄く紅い唇で言葉を紡ぐ。
「皆様、何をしておられるの?」
小さく首を傾げたスカーレットに、眼を輝かせてダニエルが駆け寄ってきた。
「今、婚約破棄の話をしていた所だよっ、君の言う通り、僕は優秀な人間だからね。こんな地味な女を婚約者にしていたのは間違いだと気づいたんだ」
「左様ですか」
「これで僕らの障害はなくなった。スカーレット嬢に婚約を申し込みたい」
「はあ?」
大仰に眼を見開き、スカーレットはダニエルを凝視する。
「何の御話しですの? そういう話は家を通すものですわ」
貴族間の常識であった。まずは御伺いをたて、好感触なら申し込む。そして合意がとれれば国王に申し出て許可を頂くのだ。
それら全てをすっ飛ばして本人に求婚とか。有り得なさ過ぎて、その場の人間全てが呆れ混じりにダニエルを見つめている。
いたたまれず、ダニエルは俯き、小さく呟いた。
「そ、...そうだね。当人同士で決められる事じゃなかったね」
「その当人同士とかも良く分かりませんわ。ダニエル様が、わたくしに懸想しておられると言うことですの?」
不可思議そうなスカーレットの顔に、ダニエルは不安を覚える。おかしい。何かが噛み合っていない。
「君は僕の論文を誉めてくれたよね?」
「ええ、さすが優秀賞をとった論文ですわ。貴方からお話も聞けて、有意義な時間を頂きました」
「うん、僕の事を素敵だと....傍に在って欲しいと....」
「はい。貴方のように優秀な方が侯爵家に在れば嬉しいですわ。人材の獲得は難しいですもの」
にっこり微笑むスカーレットの顔に邪気は全くない。
夢から醒めたようなダニエルの茫然とした面差しが、その内面を如実に物語っていた。
あ....察し。
周囲の人々の眼差しが生温くゆるむ。
しどろもどろなダニエルの言葉を拾い集めて分析すると、スカーレット嬢から論文を称賛され、言葉の端々からダニエルに好意があると脳内変換し、今回の婚約破棄騒動に至ったのだろう。
論文が賞をとってからこちら、彼は鼻持ちならないほど有頂天になっていた。
周囲を見下し、婚約者にもぞんざいな言葉を投げ掛け、それでも王宮から認められたという実績に、口を挟めない周囲の人々。
それが増長し、今回の事態を招いたのだろう。
自分の勘違いを自覚し、真っ赤な顔でダニエルはカフェテリアから逃げ出していく。それをナーシャが追いかけて行った。
二人を見送る二対の眼差しに気づかないまま。
校舎裏までやってきたダニエルは、追いかけてきたナーシャを振り返り、泣き出しそうな顔で睨み付けた。
「なんだよ、笑いにでも来たのかよっ」
「ダニエル様.... わたくしは貴方をお慕いしております」
ナーシャはダニエルの腕にそっと手を添える。それを振り払い、ダニエルは叫んだ。
「どうせ哀れんでいるんだろう? 馬鹿な男だとっ、調子に乗ってスカーレット嬢に好意を寄せられていると勘違いして.... とんだ道化者だっ!!」
「よろしいではありませんか」
凛と清しい声がする。
「貴方様は、ちゃんと理解されたではないですか。勘違いだと。ダニエル様は過ちを認められる強い方です。わたくしは、そんな貴方をお慕いしているのです」
ダニエルの目が驚嘆に見開く。
彼は論文が認められる前は、地味でこれと言って取り柄のない男だった。子爵令息のダニエルは、男爵令嬢のナーシャと穏やかな婚約関係を築いていた。
しかし、彼の論文が王宮で最優秀賞をとり、事態が一変する。
高位貴族らからも称賛を受け、にわかな万能感に酔った。僅かにもたげた選民意識から周囲を見下し、ナーシャもつまらない婚約者に見えていた。
口調も荒くなり、以前の貴方に戻って欲しいと望むナーシャが煩わしくて仕方がない。
以前の僕だって? 地味で冴えない子爵令息の? 冗談じゃない。
そんな時、スカーレット嬢から論文の話を求められた。
尊敬の眼差しを受け、魅惑的な瞳で、貴方のように優秀な方が傍に在ればと、細い嘆息とともに囁かれ、完全に誤解をした。
なんて恥ずかしい。
誤解したまま、つまらない女を切り捨てようと暴挙に至り、ようよう冷静に自分を見つめる事が出来たのだ。
「こんな僕を.... まだ慕ってくれるのか?」
「貴方だからこそです。以前の貴方を知っているからこそ、心無い仕打ちにも耐えられました。きっと気づいてくださると」
微笑むナーシャを抱き締めて、ダニエルはあるお伽噺を思い出していた。
幸運は常に足元に転がっているのだと。気づけるか、気づけないか。それが運命の別れ道なのだと。
「ごめん。....ありがとうナーシャ」
「ダニエル様....」
御互いの気持ちを再確認し、新たな絆を深める二人を見つめていた二対の瞳は、静かに校舎裏から立ち去っていく。
「残念でしたわね」
「いや。彼女が幸せなら、それで良い」
今回、スカーレットは二人から依頼を受けていた。
一人は言わずと知れたナーシャ。彼女は心無い婚約者の暴言に耐えかねて、何とかならないかと相談を持ちかけてきたのだ。
それで今回の婚約破棄騒動へとスカーレットはダニエルを誘導する。いかにダニエルが増長していたとはいえ、子爵令息の彼がスカーレットと婚約を考える訳はない。
微に入り細に入り、スカーレットは彼が誤解を招く言い回しや、感情を込めたのだ。
文面として捉えれば他愛ない言葉でも、情感の乗った眼差しで囁かれれば誤解をしようと言うもの。
そうやって誤解の種を植え付け、ダニエルが暴挙に及べば鼻をへし折り、ナーシャが慰めて元サヤに収まる。そういう計画だった。
しかし、そこにもう一人の依頼人が現れる。
彼はキャスバル・ローゼンタール。伯爵家令息だ。
ナーシャに心を寄せる彼は、彼女を蔑ろにするダニエルに鉄槌を望んだ。あわよくば婚約破棄も。
ナーシャからの依頼の事もあり、婚約破棄に関しては成り行き任せとし、スカーレットは今回の茶番劇に挑んだのだ。
婚約破棄となれば、ダニエル有責でもナーシャにはキズがつく。そこをかっさらうつもりのキャスバルだったが。
どうやら元サヤに戻ってしまったようだ。
「では、これを」
渡された袋のずっしりとした重みに、スカーレットは瞠目する。
「婚約破棄は、ざまぁのオプション付きでも金貨十枚でしてよ?」
この重みは、どう考えても金貨五十枚はある。訝しげなスカーレットの瞳に、キャスバルは儚い眼差しで答えた。
「一時とはいえ、良い夢を見せてもらった。その代金だ」
一瞬とはいえ、愛しい女性を手に出来るかもしれないと思えた。強行すれば可能だっただろう。
しかし、キャスバルは彼女の幸せを選んだ。
夢ですか。それも売り物になるのねぇ。ロマンチストが多いのかしら、殿方は。
明日にはナーシャからの報酬も手に入る。
知る人ぞ知る、悪役令嬢スカーレット。
お金が大好きな彼女は、新たな開拓分野を見つけて、華の様に美しい顏に、蠱惑的な笑みを薄くはいた。
はい、お粗末様でした。以前、不用意な連載でにっちもさっちも行かない事になった経緯から、連載に臆病なワニです。
ちこちこ短編で息抜きしてますので、見かけたら遊んでやってください♪