【8】転生? いいえ、時空転移です。
「サクラ」
俺は、話し掛けてみた。
「はい」
HD、いや、サクラは答えた。
自分の名前がサクラということを、
理解してくれたようだ。
「じゃー、まず、
なんで俺が何かの候補に選ばれたのか教えてよ」
俺は、基本的な質問を投げた。
「以前ご説明した通り、2020年に宇宙空間での戦闘を想定したオンラインゲームを利用し、そのプレーヤーの戦績をデータベース化し、上位者を本軍にスカウトすべく、計画が進行しました」
「なるほど。それは、なんつーか、
日本のゲームメーカーの陰謀とか?」
「そんな小さな単位で、宇宙が守れると思いますか?」
なんとなく、サクラが胸を張ったような気がした。
「あなたは…」
「どうした?」
サクラが途中で話を止めたので、
変だと思って聞いた。
「クロと呼んでいいですか?」
「ぶーっ!はっ!はっ!はっ!」
俺は、吹き出した。
「あなたが私のことをサクラと呼ぶのでしたら、
私はあなたを、クロと呼んではいけませんか?」
表情は無いが、サクラは真顔だろう。
「もちろん!いいさー!
ついでに、俺れたちは、友だちってことでいいよね?」
俺は、サクラに握手を求めた。
「はい。サクラとクロは、友だちになりました」
「よろしく頼むよ。俺の知らない世界だし」
でも俺は、まだサクラのことを、頭のいい下僕と思っているのだと思う。
「ま、友情が結ばれたところで、話を戻すが、
俺のいた2020年頃には、[転生]とか、主人公が一旦死んで、違う世界で冒険するとか、そういう話がよく作られて、俺も読んでたんだけど、俺のいるこの世界は、どういう分類になるのかな?」
「クロ、あなたは、死んだのですか?」
サクラが聞いてきた。
「いやー、死んでないと思うけど。だけど、
死んだら、何にも分かんなくなっちゃうんじゃね?」
「死んだら、何も分からなくなります。自分自身では、自分が死んだことも分かりません」
そうなのか?なんか、怖いというか、寂しいというか。
「生物は、その個体の生体機能が停止したならば、その生命活動は停止します。生体機能を維持している間ならば、脳内において、様々な記憶や思考力、判断力、想像力、経験を駆使して、いわゆる喜怒哀楽を表現し、刻一刻と変化する人間性というものを、成立させるのです」
「で?死んだら、転生しない?」
「それは、2020年頃に比較的若年齢層に受け入れられた、小説、ライトノベル、アニメーション等で流行した、文学的ジャンルの一つです。一般的には、科学的根拠に基づかず、もとよりその設定を読者が受け入れることが前提で、作品が成立する、若干不思議な世界観です」
「サクラは、なかなか文学的なんだね」
「私は、科学を根拠に作られています」
「ファンタジーやロマンスは、理解できないの?」
「科学的根拠に整合性がとれない場合、私の思考回路は破綻します。
データベースによると、1915年にドイツの作家、フランツ・カフカが[変身]という作品を発表しましたが、
男が朝起きたら、イモムシになっていた。という設定は、科学的にはありえるはずがなく、根拠が無かろうが
絶対に信じられなかろうが、それを無条件で受け入れて初めて、この物語が進行する力を得るのです」
「サクラ、よくわかったよ。難しいことはサクラに聞いて、たくさん勉強するよ」
「ありがとうございます。で、話は続きますが、
次は、時空の問題です。
クロは、転生したわけではありませんが、時空を移動しています。転生は科学的に証明されていませんが、時空転移は、この7258年までに、ほぼ解明されています」
そうなんだ!すげーな!
時間も空間も、自由に操れるのか!
「時間も空間も自由になるとお思いでしょう?」
サクラが言った。
「あ、うん、思った」
「当たらずとも、遠からず。です」
だんだんとサクラの説明が分かりやすくなってきて、
よかったよ。
「クロは、いつ、どこにいても、2020年の人間です。しかも、人類バージョン1.5.2です」
「あー、体そのものは、人間のままってやつね」
「そうです。で、最初にここにお連れする場合だけ、物理的に乗り物に乗せて、お運びしました。その後、かななり初期バージョンですが、コントロール・チップを埋め込むことで、私たちとのコミュニケーションを高度化させることに成功しました。ちなみに、2020年頃には、すでに欧米などでは体内埋蔵チップによって、個人情報の管理や、キャシュレスサービスが実用化されていましたので、地球上の人類全員がチップを埋める日も、そう遠くはないでしょう。
あとは、物理的な移動の方法です。ある物質をグループ化し、まとめて飛ばすのです。簡単に言うと、荷物を入れたコンテナを、光速技術、ブラックホール、ワームホール等を使って、ある時間のある場所へ、91%の確立で移動可能となったのです。これが時空転移です」