【7】ヒューマノイド・サクラ
シンヤとカズだ。ちょっとしてアツシも加わった。
シンヤ「固まっちまったよ」
カズ「俺もーw」
アツシ「いつ?」
シンヤ「今」
アツシ「カズは?」
カズ「今だよw」
シンヤ「アツシは固まってねーの?」
アツシ「固まってる」
シンヤ「まー、いいや、3時から初めっか」
カズ「おっけーw」
「オッケー」俺
アツシ「なんか、変わったことなかった?」
カズ---退出しました。
シンヤ「なにが?」
アツシ「固まった後に」
シンヤ「今だよ」
アツシ「いやいや、今の前に」
シンヤ「意味わかんねー」
シンヤ---退出しました。
「アツシ、あいつらは、放っとけ」俺
アツシ「分かった」
俺は、あらためてスマホを見てみた。
特に、電話帳やアドレス帳、スケジュールやメモを。
あった。電話帳に。不審な連絡先が。
「HD」とある。電話番号は、空欄だ。
今は、2時半だ。
2020年5月18日。一応、年月日も確認した。
俺は、とりあえず、おやつを食った。
で、アツシに電話した。
「俺、ちょっと、行ってみるわ」
「そっか、俺は、もう少し落ち着いたらな」
アツシは、すぐに行く気は無いらしい。
俺は、HDに電話した。
「はい。ご用件をどうぞ」
呼び出し音もなく、HDの声が出た。
ウチの居間は、カレンダーやら食器棚やら、
いたる所にシールがペタペタ貼ってある。
妹が小さかった頃、おふくろと一緒にあちこちシールを
貼りまくったんだ。おやじは嫌がったけど。
「そっちへ行きたいんだけど」
俺は、居間を見回しながら言った。
今は、もう、家具や冷蔵庫にシールが貼られることはなくなったが、カレンダーには使ってるようだ。
「いつ、いらっしゃいますか?」
HDは聞いてきた。
「んー、今でもいいかな」
「では、電話を切ってから、10秒後に」
サイドボードの小物入れに入っていた、花のシール帳をパラパラと見ながら、
「分かった」
と言って、俺は電話を切った。
時計の秒針が進んでいく。
あれ?外に出なきゃ、ドローンに乗れなくね?
あ、どーすりゃいいんだ?
靴、履かなきゃじゃね?
* * *
気が付くと、白い部屋で、
クルマのシートのような椅子に座っていた。
そう、前にウチへ戻るときに座った椅子だ。
部屋も、たぶん同じだろう。
歯医者の椅子ように上の方を向いて座っていたので、
ふと視線を落とすと、HDが立っていた。
「おかえりなさい」
HDが挨拶してくれた。
「さっき帰ってから、どのくらい経ったの?」
「約1秒です」
「え?」
俺は、理解できずに聞いた。
「時間を接続させましたので」
HDは説明した。
「いや、意味分かんない、って意味なんだけど」
「空間転移接続を実行しました」
HDの説明というのは、難しい熟語をひけらかすだけのようだ。
「それは、どういうこと?」
俺は、中身を知りたかった。
「2020年5月18日14時12分35秒にあなたのご自宅へお返しし、14時27分21秒にあなたからご連絡をいただき、14時12分36秒にここへお連れしました」
俺は、目をつぶって、しばらく考えた。
月面からウチへ帰って、みんなとしゃべって、
おやつを食って、HDに電話して、
ここを出た1秒後に、ここに戻った。
ウチにいた時間は、どうなったんだ?
そんなことを考えながら、ふと腹を見ると、
ウチから持ってきてしまったのか、
シール帳が乗っていた。お花のシール帳だ。
「君は、俺専属のHDなの?」
俺は、確かめた。
「はい」
「俺の、召し使い?」
「その表現は、適切ではありません」
「あ、失礼しました」
「いいえ」
HDは、律儀だ。
「あのさ、名前がさ?難しいじゃん?」
「そうでしょうか?」
「でさ?他のHDと、見分けがつかないじゃん?」
「あなたはそうでしょうね」
こいつの、こういう言い方がちょっと嫌なんだよね。
「で、思ったんだけど、これ、貼っていい?」
俺は、シール帳から、桜の花のシールをはがした。
「それは、なんですか?」
HDは聞いてきた。
「桜の花の絵が書かれたシールだよ。桜は知ってる?」
「地球上に存在した植物です」
存在した?まあ、いいや。
「そう、そう。
で、このシールを君に貼っておけば、君だということが一目で分かるわけだ」
俺は、とびっきりのアイデアを披露した。
そして、HDの左胸に、桜のシールを貼った。
「もしかして、迷惑かい?」
俺は、礼儀として、聞いた。
「迷惑ではありませんが、必要性が疑問です」
「可愛いし、いいじゃん」
俺は、HDが照れることを期待した。
「可愛いとは、どういう意味ですか?」
HDの答えは、期待外れだった。
「で、君をサクラと呼ぶことにする。
だから、本来のMHD-なんたらかんたらと、サクラ
という名称をリンクさせてくれ」
「サクラが、私の固有管理番号ということですか?」
「サクラと呼ばれたら、
君だけが反応すればいいということだよ」